「つみびと」山田詠美著 中央公論新社/1600円+税
2010年の「大阪2児置き去り死事件」に着想を得た小説だ。なぜ若い母親(蓮音)は子供たち2人を置き去りにして遊びまわった揚げ句、2人を餓死させるに至ったのかを蓮音とその母、琴音の視点から描く。また、息子・桃太の視点からも蓮音と妹の萌音の行動や気持ちが描かれる。
実際の事件では後に懲役30年の判決を受けることとなる下村早苗は、事件発覚後、「鬼母」「毒母」などと散々な言われようだった。彼女が書いていたブログにも逮捕後、罵詈雑言が殺到した。また、下村が派手な美人だったことから、ネット上では男のスケベな好奇心がギラギラと向けられた。
「男の好奇心」でいえば、本書に登場する蓮音が作中で出会う男から受ける扱いの数々は、ネットでの扱いと酷似する。
舞台は北関東の地方都市。ところどころ「田舎」と「都会」が対比される。蓮音が後に結婚することになる音吉は都会の洗練された繊細な大学生だったが、彼はこれまでに出会った男とまるで違っていた。しかし、結局は地元の仲間とつるんでしまう。
〈昼間、散々てこずりながら子供たちの世話に追われて、夜、やっと寝かし付けた後に、蓮音は飢餓感に襲われて呻くのだ。ほんの少しだけでいい。ここから出たい。そしてあの馬鹿な連中との愚にもつかないやり取りで、息をつきたい〉
いや、蓮音は彼らが「仲間」ではないことをよく分かっている。地元の連中は音吉を「坊ちゃん」呼ばわりし、その上品さや優しさを基本はバカにしている。
人は親を選べないし、住む場所も大人になるまでは選べない。その環境次第で、人生が明確に変わってしまう。ただし、いざとなれば逃げてしまうことも可能だ。そして人生は少しは好転する。その象徴が蓮音の母である琴音だ。琴音は自分がいなかったら3人の子供たちの命が消えることを知りつつも、家出した。これを無責任と責めるのは簡単だが、彼女はこう言う。
〈だって、自分を救うためには、それしかなかったんだもの〉
蓮音は、子供たちのことを気にしつつ家を離れてしまうことに葛藤する。逃げることに躊躇しない琴音とは異なる性格だ。真面目すぎるが故に、「逃げてもいい」を実践できなかった女とできた女の差。これが2人を分けたのでは。
重苦しい話が続くのだが、読み終えると「他人に対して優しくしたい」と思える本だった。 ★★★(選者・中川淳一郎)