みじめな民衆の姿を尊厳と共に描く弾圧事件
映画を見る楽しみのひとつが「光」の美しさだ。ライティングが丁寧な映画は、昔の白黒映画でも目が洗われるような体験にあふれている。
先週末から公開中の「ピータールー」もまたそんな感動をもたらす新作である。
英マンチェスターといえば熱狂的なサッカーファンの地元として有名だが、この街の中心にある聖ピーターズ広場で200年前、歴史に残る弾圧事件が起こった。ナポレオン戦争後の失業と不作で貧困が深刻化し、各地で政治的平等を求める民衆デモが頻発。これを強権的に抑圧する支配層と、民衆の怒りを煽り立てる啓蒙思想家の対立がきっかけで、非暴力の政治集会に参加する6万の民衆に騎馬隊がサーベルを抜き突入。あまりの残虐非道に憤った当時のジャーナリズムが、ナポレオンを撃破したウォータールー(ワーテルロー)の戦闘をもじり「ピータールーの虐殺」と報じたのだ。
前作「ターナー、光に愛を求めて」でも絶妙の演出と撮影術を見せたマイク・リー監督は、この史実を細部にいたるまで忠実に、しかもみじめな民衆の姿を尊厳と共に描き出した。「きたないものがきれいに見える」という奇跡の体験。
こういう映画を見ると、絵画と同じように、映画のスクリーンでも色彩設計の重要さがよくわかる。それによって観客の意識がめざめ、2世紀も昔の話がけっして過去ではなく、EU離脱やポピュリズムの現代にも通じる政治的な矛盾と不平等を描いていることが実感されるからだ。
事件当時の英国は皇太子時代のジョージ4世が摂政(リージェント)として統治していた。民草を無視した暗愚な王のもとで花開く「リージェント様式」の華やかな時代相は、C・エリクソン著「イギリス摂政時代の肖像」(ミネルヴァ書房 4500円+税)がわかりやすく描いている。 <生井英考>