70年代に米アングラ界を席巻したSMガイの一生

公開日: 更新日:

 近頃は中国やインドの映画でさえ国際商品めいて、「におい」がしなくなった。と思っていたら、意外なところに伏兵がいた。北欧である。

 たとえば実在の乱射テロ事件を描いた今年3月の「ウトヤ島、7月22日」など、季節の森の感触や人の肌のにおいまでが伝わってくるような強い個性を感じるのだ。

 その最新の表れが、今週末封切りの映画「トム・オブ・フィンランド」。題名を聞いて「!」と思う人もあるだろう。70年代に米アングラ界を席巻した素肌に革ジャンのSMガイ。日本では「ハードゲイ」と呼ばれたあの同性愛風俗の“生みの親”が「トム・オブ・フィンランド」だからだ。

 この筆名、後年アメリカの出版業者がつけたもので、本名はトウコ・ラークソネンという。祖国フィンランドがナチ・ドイツと同盟関係にあった大戦中、ソ連軍との消耗戦に従軍。除隊後は広告代理店でイラストレーターをしながら「禁断の性」の相手を求めて森をさまよい、厳しい抑圧下で膨大な妄想の性世界を描きためていった。映画はその一生を青年期から晩年まで描く。画面がやはり濃密で、初夏の草いきれから深夜の男たちの肌の火照りまで伝わってきそうだ。LGBTと言いながら「性」の生ぐささを脱臭した安直なドラマだらけの今日、見られてほしい一作だろう。

 ただ、80年代に儀礼の人類学調査でニューヨークのあの手のゲイバーをフィールドワークした筆者には思うところも多々ある。たとえば、映画は触れないがトムの絵にはナチ親衛隊の姿も多く、半面、白人以外はほとんどいない。妄想とはよじれた性的欲望の別名。そんな性と快楽の複雑な関わりを考えるうえでも、ドイツの学者たちを主としたT・キューネ編「男の歴史」(柏書房 3200円+税)以下、昨今の多数の「男性性」研究を手に取って考えてみたい。 <生井英考>

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    “3悪人”呼ばわりされた佐々木恭子アナは第三者委調査で名誉回復? フジテレビ「新たな爆弾」とは

  2. 2

    フジテレビ問題でヒアリングを拒否したタレントU氏の行動…局員B氏、中居正広氏と調査報告書に頻出

  3. 3

    菊間千乃氏はフジテレビ会見の翌日、2度も番組欠席のナゼ…第三者委調査でOB・OGアナも窮地

  4. 4

    中居正広氏「性暴力認定」でも擁護するファンの倒錯…「アイドル依存」「推し活」の恐怖

  5. 5

    大河ドラマ「べらぼう」の制作現場に密着したNHK「100カメ」の舞台裏

  1. 6

    フジ調査報告書でカンニング竹山、三浦瑠麗らはメンツ丸潰れ…文春「誤報」キャンペーンに弁明は?

  2. 7

    フジテレビ“元社長候補”B氏が中居正広氏を引退、日枝久氏&港浩一氏を退任に追い込んだ皮肉

  3. 8

    下半身醜聞ラッシュの最中に山下美夢有が「不可解な国内大会欠場」 …周囲ザワつく噂の真偽

  4. 9

    フジテレビ第三者委の調査報告会見で流れガラリ! 中居正広氏は今や「変態でヤバい奴」呼ばわり

  5. 10

    トランプ関税への無策に「本気の姿勢を見せろ!」高市早苗氏が石破政権に“啖呵”を切った裏事情