奥野修司(作家)
10月×日 今年の春から「食と病」について調べているが、取材のほとんどが研究者とあって、論文読みに明け暮れている。その合間に読むなら軽めのノンフィクションがいいだろうと、デイヴィッド・ハワード著「詐欺師をはめろ」(濱野大道訳 早川書房 2700円)を選んだ。ところが、軽めどころか圧倒されっぱなし。そのうえ面白すぎて、読み始めたら止まらない。
世界を舞台に、不動産会社や保険会社から大金を巻き上げる実在の詐欺師キッツァーと、その仲間を一網打尽にしようと、詐欺師に変装して彼と共に世界を股にかけた2人のFBI捜査官の物語である。舞台は1970年代。当時はまだ潜入捜査の手法も確立しておらず、読んでいてもハラハラしっぱなしだった。
仕事柄、こういう本を読むと、どうやって取材したんだろうと考えてしまう。裁判記録を丁寧に読んだのはわかるが、それだけでは書けないはずだ。登場するFBI捜査官もすでに70歳を超えているだろうから、彼らから聞き出したとしたら、半世紀も前のことを、よくぞ詳細に記憶していたものだと感心する。
読みながら、これがノンフィクションであることをすっかり忘れていた。こんな作品が描けるのも、アメリカのノンフィクションの層が日本よりはるかに厚いからだろう。うらやましい限りだ。
10月×日 農薬のことを調べていたら、昆虫が夢の中にまであらわれる。たまたま書店に立ち寄ったら、いつの間にかスコット・リチャード・ショー著「昆虫は最強の生物である」(藤原多伽夫訳 河出書房新社 2300円)を手に取っていた。
この地球は、私たち人間が支配していると思いがちだが、生物学的に見ればこの惑星を支配しているのは昆虫である。昆虫は何千万種といるが、ヒトは1種。さらに4億年前に誕生した昆虫は2つの大量絶滅期を生き延びたのだ。人間が、農薬を大量に撒いて昆虫を殺そうとしても、不可能であることは本書を読めばわかる。逆に農薬によって絶滅するのは人間の方かもしれない。