「次の時代を先に生きる」髙坂勝著/ちくま文庫
本書の内容は、資本主義の徹底批判と新しいライフスタイルの提唱だ。それも、机上の空論ではなく、実際に著者が実践してきたことなので、とても説得力がある。
著者は、30歳のときに心を病んで、会社を辞めた。過大な消費をするように社会から仕向けられ、それを実現するために必死に働く。しかし、会社からは実現不可能なほどのノルマを押し付けられ、心身ともに疲弊する。だが、将来が不安で、そのしがらみから抜け出せない。多くのサラリーマンが陥っている罠だ。 著者は、発想を転換した。東京・池袋でオーガニック・バーを営み、心を病んだ人たちの相談にのる。一方で、週末は千葉県匝瑳市でコメと大豆を作る。半農半バーの暮らしだ。サラリーマン時代と比べれば、年収は大幅に落ちたが、必要なものだけを買えば、生活は十分に成り立つ。その体験をバーで話すうちに、店の客が次々に会社を辞め、移住を決断する。著者はそのサポートもしている。
一昨年、著者はバーを閉じて、匝瑳市に完全移住して、いまは農業とともに、地域のコミュニティー活動と新しいライフスタイルの提言をする表現者の仕事をしている。
この本に私が感動したのは、私が考えてきた理想のライフスタイルに近いことを著者がやってきたからだ。実は、私自身、都心から1時間半のトカイナカで30年以上暮らし、一昨年からは群馬県の畑で小規模の農業をしている。ただ、著者との決定的な違いは、私のライフスタイルが中途半端だということだ。
著者は、完全に資本主義と決別したが、私はいまでも東京に出稼ぎにいき、生活費を稼いでいる。私の家は都心に電車で通えるが、著者の住む匝瑳市からの電車通勤は難しく、かなり田舎に近い。同じようなことを考えていても、著者のライフスタイルは、バットを振り抜いているのだ。
私は、かなり資本主義に汚染されてしまったので、いまのトカイナカという距離感が精いっぱいだが、著者のようにまだ若くて、コミュニケーション能力の高い人なら、同じようなライフスタイルは十分可能だと思う。資本主義の呪縛に疲れた人が、人生を根本から見直すための道しるべになる本だ。
★★★(選者・森永卓郎)