<7>マヤが刑事になった理由は…
だから浜田もいつものようにバーバリーのコートを羽織っていた。子供のように小柄の体型にはブカブカで、宗教画で描かれる天使のような童顔にまるでなじんでいない。刑事ごっこに興じる中学生のようだ。先日もヤクザの被疑者に凄まれて号泣していた。
そんな浜田であるが、東大卒のキャリアで階級は警部補。巡査である代官山、そして巡査部長であるマヤの上司である。キャリアである彼はこの先、出世の階段を駆け上がって行くのだろう。日本警察の将来が心配になってしまう。
招待客の多くは新垣の立つステージの周りに集まっているため、展示コーナーは閑散としていた。代官山も浜田もステージの方が気になってしまう。しかし展示コーナーに入ると壁に遮られてステージの様子が見られなくなった。それでも新垣の可愛らしい声だけは聞こえてくる。
「仕事ですもんね、しょうがないか……」
浜田を見ると彼も諦めたように両肩をすぼめた。
「こうして改めて見ると未解決事件ってロマンがありますよね」
浜田はヒンターカイフェック事件のパネルを眺めながらため息をついている。
ヒンターカイフェック事件とは、一九二二年にドイツのバイエルン州で発生した一家五人と使用人一人が殺害された未解決事件だ。
この被害者一家の家長はキャラクターがやたらと立っていて、近親相姦によってできた子供がいたという噂もあった。しかしこの事件が特異なのは、なんといっても警察の捜査方法である。
「捜査のために被害者の首を切断して霊能者のところに持ち込んだんだって」
マヤが愉快そうに言った。
「いやいや、それって犯人より警察の方がヤバいじゃないですか!」
そんなオカルト捜査が公に行われていたことが信じられない。なんでもその後起きた第二次世界大戦のどさくさで、被害者の首が行方不明になってしまったというオチまでついている。
「まあ、一家全員が殺されちゃって未解決では、殺された方も浮かばれないわね」
「日本で起きた世田谷一家殺人事件もそうですよね」
浜田が隣のブースを指した。この事件は代官山も知っている。管轄は成城署だ。犯人は多くの遺留品を残しているのにもかかわらず、いまだに捕まっていない。警察も総力を尽くして捜査に当たったはずだ。それなのに捕まらないということは、犯人に尋常ならぬツキがあったのだろう。捜査担当者が一人でも変わっていれば違う流れになっていたのかもしれない。もしこの捜査本部にマヤがいれば、きっと解決していただろう。三億円事件もグリコ森永事件も。
それほどまでに彼女の洞察力は、驚くべきものがある。彼女はその神がかった推理で多くの難事件を解決に導いてきた。
しかし彼女は真犯人を見通しても、決してすぐには口にしない。そうすれば犯人は早い段階で逮捕されてしまうからだ。つまりそれは新たな犠牲者が生み出されないということである。
黒井マヤ。
彼女がどうして刑事になったのか。警察官僚である父親の影響ではない。
(つづく)