「ニコニコ 時給800円」海猫沢めろん著
アルバイトを選ぶ際に大きな目安となるのはやはり時給だろう。といっても東京、大阪などの都市部と地方では格差がある。例えば40年前、1980年のアルバイトの地域別最低時給は318~405円、2019年は790~1013円。「時給800円」を冠した本書の親本が刊行された2011年は645~837円だから、都市部の最低賃金を示しているといっていいだろう。
【あらすじ】本書には、時給800円のバイトで働く若者の5つの物語が収められている。最初の舞台は場末の漫画喫茶。東大法科大学院生で弁護士志望のキノキダがアルバイトしたいと面接に来たことで中卒のカザマ店長はパニックに陥ってしまう。どうしてこんなところにと不思議に思う間もなく、キノキダがすぐに店内の漫画を効率よく並べ替えたり有能さを発揮していく。徐々に居場所を失うカザマは……。
第2話は若者たちに人気のショッピングビルで働くアパレル店員たちの売り上げ競争をめぐる確執。
第3話は父親が亡くなったことで渋々パチンコ屋を引き継ぐことになったカナモリが、パチンコ屋独特の古いしきたりに戸惑う姿を描く。
第4話は東京近郊で低農薬野菜作りと販売を試みる若夫婦が試行錯誤しながら活路を見いだす。
そして最後に、自称「ヒキオタニート(引きこもり、オタク、ニート)」で「イケメンだけが取りえの天才」という得体の知れないユヅキリュウセイが登場し、「すべての仕事から苦痛を取り除いて楽しみに変える」「遊んで暮らして、誰かを楽しませて、カネをもらう」と「働く」ことの概念を覆していく。
【読みどころ】不安定なアルバイト生活を生きる若者たちの怒りと諦念、そして希望が鋭く描かれている。 <石>
( 集英社文庫 520円+税)