「ヘーゼルの密書」上田早夕里著
物語は、1931年の上海から始まる。商社勤務の父親の影響を受けて幼い頃から上海と日本の両方で暮らしてきたスミは、その語学力を生かして語学教室の教師として働いていたのだが、満州事変の勃発から生じた日本人と中国人の対立に巻き込まれ、ある日暴徒と遭遇してケガを負ってしまった。治安の悪化から上海を去る日本人も出るなか、それでもスミは上海に残る決断をする。
その後、上海の虹口で暮らすようになったスミは、上海自然科学研究所に勤める生物学者の森塚啓から、内密の和平交渉団の一員に通訳として加わるようにと誘われる。恒久的な平和が欲しい――そんな願いを抱いて、スミは在北京日本大使館から派遣された1等書記官・黒月敬次の下で、蒋介石を日中和平交渉の場へ呼び戻す活動を開始するのだが……。
「火星ダーク・バラード」で第4回小松左京賞を受賞してデビューし、「破滅の王」で第159回直木賞候補になった著者による最新作。太平洋戦争直前に行われ幻の和平工作となった「桐工作」をテーマに、迫りくる戦争を何としても避けようと努力した人々の姿を描いている。
(光文社 1980円)