「飛ばないトカゲ」小林洋美著
現在、世界では毎年160万件ほどの自然科学系の論文が発表されている。そうした論文の中には思わず「へえー!?」とうなってしまうような不思議な研究もある。
「論文のソムリエになりたい」という著者が論文の森に分け入り、これはイグ・ノーベル賞(人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究に与えられる賞)を取りそうだと思われるユニークな研究を紹介しているのが本書だ。
冒頭で紹介されるのは「シマウマ作戦」。シマウマの縞(しま)模様の機能については、天敵の目をくらます、白と黒の部分の温度差で気流が生じ体温が下がる、といった幾つかの仮説があったが、有力なのは虫に刺されにくいというもの。それを実証すべく、ウマに黒、白、縞模様のコートをかけて実験したところ、アブがとまった回数は縞模様が大幅に少なかった。また別の研究者は、黒いウシに白い塗料を塗って縞模様にした。すると何もしてないウシに比べてアブがとまった回数は半分以下、と効果てきめん。
ある種のハダカアリの繁殖オスは羽がなく移動できない。故に女王アリとの近親交配となってしまうのだが、それを防ぐために働きアリたちが別の群れから女王アリを遠路はるばる運んできて異種交配を実現させる。
また、シママングースは群れ内の妊娠したメスたちはすべて同じ日に出産し、どの子が自分の子なのかわからなくなる。そこではジョン・ロールズの「無知のベール」状態となり、自分の利益を優先して行動することがなくなる。そのため、妊娠中に栄養を補給したメスとそうでないメス、その子たちのいずれも体重の差がなかった。
タイトルは、トカゲの4本の足先にある指パッドのしがみつき能力を測定するためにトカゲを強風にさらし、飛ばされまいと必死に枝にしがみつくトカゲを観察した実験から取られている。工夫を凝らした実験を知るだけでも、現代科学の最先端に触れることができる。 <狸>
(東京大学出版会 2750円)