「愛書狂の本棚」 エドワード・ブルック=ヒッチング著 髙作自子訳
2002年、グーグルは現存するありとあらゆる紙の出版物を電子化するプロジェクトをスタートさせた。そこで発表された現存する紙の本の総数は1億2968万4880冊(2010年)。過去に失われたすべての本を勘案すれば、その数は膨大なものになる。本書は、人類が生み出してきた書物という広大な大海原にこぎだして、ひときわ異彩を放っている奇書・偽書・稀覯(きこう)書を豊富なカラー図版とともに紹介したもの。
一口に奇書といってもその種類は多様だが、ここに紹介されているのは世界中の図書館、競売会社、古書店の目録を通して、著者が「正真正銘の奇書」とお墨付きを与えた最上級の奇書が並んでいる。
たとえば、ヨーロッパで高級な本の装丁に使われるモロッコ革はヤギの皮だが、スカンクの皮のヒトラー「我が闘争」、大蛇の皮のマルクス「資本論」、クジラの皮のメルヴィル「白鯨」、南軍の軍旗を使ったマーガレット・ミッチェル「風と共に去りぬ」などの珍品がある。挙げ句は人間の皮。この人皮装丁本の多くは処刑された犯罪者のものが使われ、革命期のフランスでは憲法の数巻が人皮で装丁されていた。またインクの代わりに人血を使用したものも多く、イラクの独裁者フセインは自らの血を混ぜたインクで印刷したクルアーン(聖典)を作らせた。
秘密のメッセージを本の中に託すという方法も古来多い。自らの性生活を独自の速記記号で記したサミュエル・ピープスの「日記」、世界中の暗号解読者が挑戦したにもかかわらず、いまだ解明されていない「ヴォイニッチ手稿」。
そのほか、全くの作り話でベストセラーになった旅行記「カワ号の航海」、大富豪ハワード・ヒューズの偽の自伝といった希代の偽日記などの偽書も紹介されている。こうした人類が書物に込めた凄まじいほどの想像力は、電子時代になろうとも枯渇することはないだろう。 <狸>
(日経ナショナルジオグラフィック社 2970円)