「ノブレス・オブリージュ イギリスの上流階級」新井潤美著
19世紀のヨーロッパ小説、とくにイギリス小説を読むときに欠かせないのは階級意識だ。貴族が属するアッパークラスから一般の労働者が属するワーキングクラスまで、階級によってその所作から言葉まで異なり、その違いは小説の中でも取り上げられている。中でも最上位のアッパークラスは小説や演劇でもよく登場するが、現在のイギリス人でも実際に会ったり交流したりする機会はほとんどないという。
本書は、イギリスの社会、文化の中でアッパークラスがどのようなイメージをもたれてきたのかをさまざまな例から読み解いていこうというもの。
公侯伯子男という爵位の序列の他に、同じ爵位の家に生まれても長男と次男以下、娘、妻のそれぞれの称号や社交の場での呼び方が違ったりする。この煩瑣(はんさ)な呼称を知っておくとジェーン・オースティンの「自負と偏見」のようなアッパークラスを描いた小説の面白さが増すことは間違いない。もう一つイギリスのアッパークラスの特徴として、爵位も財産もすべて長男にしか継がれない「限嗣相続」制度が取られていることだ。
それ故、次男以下の息子たちは聖職者、陸海軍の士官、外交官、弁護士といった職に就き、自分で稼がなければならず、学校に通ってそれなりの教育を受けることになる。しかし、娘たちはその教育も必要とされず、上位の家に嫁ぐことが目的となる。しかし、20世紀に入ると、その役割も教育と野心ある新興のアメリカの女性たちに奪われてしまう。一方の爵位を継いだ長男たちは広大な領地を維持するために、屋敷を観光客に開放してその観覧料で生計を立てるという仕儀にもなる。
時代錯誤とも思えるこの階級だが、時代の荒波をくぐり抜けて現在でも存在している。その彼ら・彼女らが高貴なるが故の義務(ノブレス・オブリージュ)を、今後どのように果たしていくのか、興味深い。 <狸>
(白水社 2420円)