「北海道廃線紀行」芦原伸氏

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「最盛期だった昭和40年代にあった北海道の在来線は、もはや半減しています。鉄道地図を眺めると道東、道北、道南地方は空白が目立つばかりで、唖然としたのがきっかけでした。昔はここに蒸気機関車が走っていたんだ──などと郷愁に浸ったりしながら、2019年から3年かけて北海道の主だった廃線、21路線の跡を車で旅しました」

 昭和40年代の学生時代を札幌で過ごした著者は、在学中に北海道各地のローカル線に乗った。今で言う「乗りテツ」。

■廃線で巡る北海道の歴史と風土

 青春の記憶をたどりつつ、目の前に広がる光景に目を細めたり、無情を噛みしめたり、現地の人から思いがけない話を聞いたり。本書は、現在の北海道各地のそうした見聞記であるとともに、鉄道を軸に風土や村落の歴史をひもといた北海道の異色の案内本でもある。

「廃線がぐんと増えたのは、昭和62年の国鉄分割民営化のとき。それからでも35年経っていますから、鉄道の遺構は何もないところが大半ですが、5万分の1の古地図を頼りに、駅舎があった場所を捜しました。郵便局と農産物倉庫と巨木が目印だと気づいたのは、広尾線(帯広-広尾)の忠類という町。パン屋の店員さんに駅があった場所を聞くと『国道を帯広方面に戻っていただくと、郵便局があります』とすぐさま答えてくれたんです。なるほど、昔の駅前には郵便局があったのだとハッとした。貨物列車に載せる農産物の倉庫も駅近くに必要だったし、駅を見守るように巨木も立っていたんですね」

 その旧忠類駅は、昭和のローカル線らしい切り妻の木造駅舎が珍しく残されていた。待合室に木製のベンチやさび付いた石油ストーブ、ホームに警報器や遮断機。「昭和5年そのままの姿に違いない」「なんともチャーミングだ」と著者の筆ははじける。

 標津線の根室標津駅では「駅前食堂の味」が半世紀を経て健在だった。代は替わって娘さんが女将となり、清潔なレストランと化していたが、名物の北海シマエビの入った鍋焼きうどんの味が変わっていなかったそう。

「石狩平野のど真ん中を北上する札沼線の沿線は茫洋としており、路線に沿って走る国道を走るばかりだったんですが、廃線区間の中の拠点駅、石狩月形はモルタル平屋建ての駅舎が残っていました。駅のすぐ近くに『月形樺戸博物館』があった。実は、明治14年から集治監(今の刑務所)が設置されていたところ。島流しのごとく政治犯や重罪受刑者が送り込まれ、北海道開発のための鉄道建設や道路開発、鉱山採掘などの強制労働を課された。鉄道も彼らの激しい労働によってつくられたとも言えるんですね」

 集治監では囚人の死者が1000人以上にのぼり、残酷な待遇だったことを物語る。一方、囚人の日課に、一般にはまだまだ普及していなかった野球が取り入れられ、監獄同士の交流戦も行われたという。初代典獄(刑務所長)に就いた元福岡藩士の月形潔らがヒューマニストだったからだ。その月形の名前が町と駅の名前になった。

「鉄道の歴史は北海道の歴史に重なると、あちこちで実感しました。鉄道は文明であり、産業の担い手であったと感じることしきりでした」

 大雪山系の横を走った池北線跡の林道をたどっていくと古代ローマの水道橋を彷彿とする橋梁が現れ、その美しさに感嘆する。稚内の南方、天北線の浜頓別駅近くで川砂金が発見され、ゴールドラッシュの時代があったことに思いを馳せる。夕張の町で、ひねもす煙が上り、繁華街では終日営業の店がさんざめいていた頃を想像する。

 著者と一緒に旅情を味わい、北海道への知見を深められる絶好の書だ。

(筑摩書房 1870円)

▽あしはら・しん 1946年生まれ。紀行作家、ノンフィクション作家。北海道大学文学部卒業。72年、鉄道ジャーナル社「旅と鉄道」誌創刊期デスク。2007年、出版社「天夢人Temjin」設立、19年退職。「被災鉄道 復興への道」(交通図書賞受賞)、「60歳からの青春18きっぷ」など著書多数。

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