アメリカ中間選挙
「『いま』を考えるアメリカ史」藤永康政ほか編著
米バイデン政権の今後、そして2年後の大統領選のゆくえを占う重大イベントが、米国で8日投開票の議会中間選挙だ。
いまどきのアメリカを見ると進歩ではなく退歩しているのではないかという疑いがぬぐえない人も多いはず。キング牧師が掲げた非暴力思想の旗はどこへ行ってしまったのかという嘆きも聞かれる。
そんな疑問や違和感に答えようとした歴史学者たちが「いま現在」への違和感を解くために書いたのが本書。版元は大学向けの教科書出版が多いから学生用の副読本として企画されたものだろうが、関心のある社会人にも役立ちそう。
たとえばキング牧師についても、人種差別反対の公民権運動をキングが率いて勝利したという通念をひっくり返し、人種差別に抵抗する社会運動が公民権運動に発展し、「非暴力」という戦略をはぐくみ、キング牧師という指導者を生んだのだと説く。英雄中心の理解でなく、時代のうねりと人間の集団的活動が社会を変革していく過程に注目しようというわけだ。
同じく、フェミニズムやジェンダーの思想や視点が国際政治や社会生活にまで反映されるようになる道のりも具体的に示される。選挙報道はとかく短期的な政局話に終始しがちだが、大局観に立つ視野が開けそうだ。 (ミネルヴァ書房 3080円)
「ブラックアウト」キャンディス・オーウェンズ著、我那覇真子訳
アメリカの黒人社会はそろって民主党とリベラル派を支持というのは実は偏見。本書の著者はツイッターのフォロワーが300万人を超えるという人気の政治評論家だが、黒人で女性でしかもトランプ支持者。かつては民主党支持だったが、リベラル派の偽善的な体質に落胆し、保守に転向したという。
著者によるとリベラル派は何であれ「被害者」対「弾圧者」の単純な図式に落とし込み、自派の利益のために「黒人を利用」している。しかし「私はアメリカの黒人を代表」して、アメリカにおける自由と法の下の平等に基づく「真のリベラリズム」は「保守派によってのみ実践されてきたと確信」していると断言する。感情論のめだつ本だが、先入観を正すには役立つかもしれない。 (方丈社 2530円)
「『社会主義化』するアメリカ」瀬能繁著
アメリカといえば「反共」が当たり前の国。ウクライナ侵攻に走ったロシアへの反感の強さも、一部は冷戦時代の反ソ感情の再現と見ることができるだろう。しかし今の若者たちに冷戦の記憶はない。むしろ格差社会の下で、社会主義へのシンパシーが強まっている。「社会民主主義」を掲げるサンダース上院議員の人気もそこに背景がある。
本書はこの状況に注目した日経新聞の米州総局部長のルポ。インド系の人気インフルエンサーは14歳でトロツキーを読んで「社会主義に目覚めた」と語り、草の根社会主義運動団体「ジャスティス・デモクラッツ」(正義の民主主義者)は学生ローンの返済に苦しむヒスパニック女性A・O・コルテスの下院議員立候補を応援して民主党期待の星にまで押し上げた。アメリカでは国民皆保険制度すら反共主義者に嫌われがちだが、若者の間では保守派を自称しても皆保険制度には好意的という。
単なる左右対立だけでは語れない新潮流へのひそかな動きを伝えている。 (日本経済新聞出版 2640円)