「白河夜船」吉本ばなな著
寺子は無性に眠くて仕方がない。いくら寝ても満ち足りず、電話のベルも、窓の外の喧噪も、その耳には届かない。ただ、恋人の岩永さんからの電話だけは分かる。寺子は、寝起きの彼女の声を聞いていつものように「また寝てたんでしょう」という岩永さんのその言い方が好きで好きでたまらない。
出会ったときから彼に奥さんがいることは知っていた。初めて海にドライブに出かけた日、奥さんが植物状態で、もう目覚める可能性がないことを聞いた。彼は奥さんのことを話したがらないが、彼は夫として親戚らの前でどうふるまうべきかを知っている。だが、そうすることで、ひどく疲れているようにも見える。だから寺子は、親友のしおりが死んだことを彼に打ち明けることを躊躇してしまう。
「添い寝」を仕事にしていたしおりは2カ月前に自殺。しかし、なぜ彼女が死を選んだのかは寺子には分からない。寺子は彼に会う時間を確保するため、仕事も辞めて、ただ寝ながら電話を待っている。
表題作の他、眠りをモチーフにした2編を収録した作品集。
(新潮社 539円)