「蛇と梯子」セリーナ・トッド著 近藤康裕訳

公開日: 更新日:

「ゆりかごから墓場まで」は第2次世界大戦後の労働党政権による完全雇用の導入と福祉国家の拡大を示すスローガンだ。中等教育の無償化もそのひとつで、教育の平等を導入することで階級間の社会的流動性を促そうというもの。階級というはしごの下段に位置しても、才能があって勤勉であれば上段に上ることが可能である、と。

 しかし著者は、これは神話に過ぎないという。1880年代から2020年代にかけての個人記録を含む多様な文書を渉猟した結果、実際には「才能や努力や向上心よりも生まれと富がはるかに大きな影響を個人の社会的地位におよぼしてきた」のだ。

 19世紀末から現在に至るまで、英国は階級という固定化したヒエラルキーを乗り越えて社会的流動性を実現すべくさまざまな政策を打ち出してきた。しかし、現実には社会的流動性を実現できず、いまでは下方に滑り落ちる人が頻出している。

 本書には、主に労働者階級の人々の経験をたどりながら、はしごという階級の比喩がいかに主観的であり、富と政治的な力の両面において不平等が長く続いている実態を明らかにしていく。

 階級という概念は日本では馴染みのないものだが、女性が置かれてきた立場を階級に代入してみるとわかりやすいだろう。たとえば、第1次世界大戦後、労働党の政治家は戦争から帰還した兵士たちの職を確保するために今まで働いていた女性たちにその席を譲るように勧告した。彼女たちは戦争に行った男に代わって両親や兄弟を養っていたにもかかわらず。また女性には大学はふさわしくないという偏見の前で、多くの向学心に燃える女性たちが学問を諦めざるを得なかった。そうした状況を前に、実力主義による平等を説くのは、いかに乱暴なことか。

 それでも、差別なき平等な社会を求めるのをやめないことこそ、希望なのだと著者は締めくくる。 <狸>

(みすず書房 6600円)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    ロッテ佐々木朗希は母親と一緒に「米国に行かせろ」の一点張り…繰り広げられる泥沼交渉劇

  2. 2

    米挑戦表明の日本ハム上沢直之がやらかした「痛恨過ぎる悪手」…メジャースカウトが指摘

  3. 3

    陰で糸引く「黒幕」に佐々木朗希が壊される…育成段階でのメジャー挑戦が招く破滅的結末

  4. 4

    9000人をリストラする日産自動車を“買収”するのは三菱商事か、ホンダなのか?

  5. 5

    巨人「FA3人取り」の痛すぎる人的代償…小林誠司はプロテクト漏れ濃厚、秋広優人は当落線上か

  1. 6

    斎藤元彦氏がまさかの“出戻り”知事復帰…兵庫県職員は「さらなるモンスター化」に戦々恐々

  2. 7

    「結婚願望」語りは予防線?それとも…Snow Man目黒蓮ファンがざわつく「犬」と「1年後」

  3. 8

    石破首相「集合写真」欠席に続き会議でも非礼…スマホいじり、座ったまま他国首脳と挨拶…《相手もカチンとくるで》とSNS

  4. 9

    W杯本番で「背番号10」を着ける森保J戦士は誰?久保建英、堂安律、南野拓実らで競争激化必至

  5. 10

    家族も困惑…阪神ドラ1大山悠輔を襲った“金本血縁”騒動