奥野克巳(立教大学教授・文化人類学者)
1月×日 ニッポン放送アナウンサーの吉田尚記さんからお誘いいただいて、2022年10月に「本格雑談くちをひらく」の対面イベントに出演した。その場で吉田さんから、私自身がここ17年ほど通いながら文化人類学の調査研究を行なってきているボルネオ島(マレーシア)の熱帯雨林に住む狩猟民プナンを訪ねてみたいという話が出た。その後のやり取りを経て、1月末から一緒に訪ねる予定になっている。そんな吉田さんの「オタクを武器に生きていく」(河出書房新社 1562円)を読んでみた。
本書では、自身もアニメやアイドルなどのオタクでもある吉田さんが、オタクの達人たちにインタビューして、オタクとして生きることがいったいどういうことなのかを、14歳の少年少女に向けて語っている。2030年には、日本人の3人に1人がオタクになるという未来予測もあるらしい。オタクは今では、内向的で、マニアックで根暗というかつてのネガティブなイメージをひっくり返すくらいにまでになってきている。これからはオタクが必要とされる時代になり、ワクワクして生きていくためにはオタクであるべしと宣言する。
本書の目的は、10代に自らの生き方を考えてもらうことなのだが、本書を読むとある本質的なことに気づかされる。高度経済成長期の理想を引きずったまま行われてきた日本の教育制度の中で、その尺に合わなかった人たちが、その後オタクの生き方を選んだのではなかったか。オタクはじわじわと広がり、今日では、オタクこそが社会を変えていく原動力になるまで進化したのだ。それが、オタクでもありアナウンサーであるという、現代社会に抗いつつも適応してきた吉田さんが見た日本社会の展望なのであろう。
それゆえに、吉田さんは、経済成長だけを追い求めてきたこの国の対極にあるような「原始」の社会の人たちに会いに行きたくなったのではないだろうか。この日記が出る頃には私たちはたぶん狩猟民のキャンプに泊まり込んで、森の中に狩猟に出かけていることだろう。