ウクライナ戦争のゆくえ
「ウクライナ戦争はなぜ終わらないのか」高橋杉雄編著
もはや「侵攻」ではなく「ウクライナ戦争」と呼ばれるようになった戦い。そのゆくえは?
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「ウクライナ戦争はなぜ終わらないのか」高橋杉雄編著
ロシアの侵攻に際して国連など国際機関は無力に等しかった。なぜか。国連は国家のふるまいを統制する権力など持ってないからだ。国連は国家の「上位存在」ではないのだ。また、米国はトランプ政権がクリミア併合を容認。バイデン政権も対中戦略と東アジア情勢を重視する姿勢で出発した。本書はこれを米国史上初めて「対ロ戦略が対中戦略の従属変数になる」事態だったという。これら多様な要素が侵攻の背景になったわけだ。
では、終わりはどうか。ウクライナの善戦の背後には米欧の強力な支援がある。つまり、今回の戦争は事実上の「大国間戦争」になっていると本書は指摘する。宇宙空間を巧みに利用し、米欧の民間企業までが支援するウクライナの戦いぶりも見逃せない。一部の評論家が言っていたような早期終結は望めないどころか、情報戦の影響は日本にも及びつつあるのだ。
編著者は防衛省の防衛研究所防衛政策研究室長。日本の安全保障政策の根幹を学術的・政策的な観点から突き詰める最高の組織のリーダーだ。執筆者全員がロシア専門でなく、安全保障論の専門家。つまり「プーチンのロシア」など個別固有の観点でなく、国際政治と軍事の枠組みで分析するがゆえに、対米・対中関係に神経を使う日本の立場を考える示唆や教訓になる。
(文藝春秋 1045円)
「ウクライナ戦争の嘘」佐藤優、手嶋龍一著
「ウクライナ戦争の嘘」佐藤優、手嶋龍一著
かたや外務省ロシア部門の元分析官、かたや元NHK国際政治部のジャーナリスト。これまで折々に対話形式で本を出してきた2人がウクライナ戦争に挑んだのが本書だ。
ともに政治の裏情報に通じていると自任するだけによそでは聞けない話が多い。たとえばクリミア併合のあと、プーチンは必ずしも大規模な侵攻を考えてなかったという。しかし、ウクライナの特殊部隊がクリミア大橋を爆破し、プーチン派の女性ジャーナリストがウクライナの諜報機関に暗殺されたのを機にプーチンは決断したと解説される。
独自の情報網を自慢する論客ふたりは日本政府の「戦略なき防衛費の膨張」にも苦言を呈している。
(中央公論新社 968円)
「ウクライナ戦争の軍事分析」秦郁彦著
「ウクライナ戦争の軍事分析」秦郁彦著
ウクライナは一般の日本人が漠然と思うほど小国ではない。特に歴史は古く、9世紀にはキーウ・ルーシ大公国が誕生し、その後にモスクワ大公国が生まれたほどだ。
そんな歴史的視野をふまえた本書の著者は、日本の戦争を論じた著作多数の戦史家。産経新聞「正論」の常連で保守論壇の一翼も占める。
本書ではこれまでの紛争の経過をこまかに調べ上げ、プーチンの思惑からロ・ウ両軍の兵力、季節ごとの戦況の変化などを詳細にたどっていく。多くは公開情報のようだがベテランの論客らしい直感や推論をまじえ、複雑怪奇に見えるウクライナ戦争の実相を正確に把握しようとする努力が払われている。時に詳細すぎる情報に全貌が見えにくくなる感もあるが、映画「トップガン」の話題などをマクラにしたコラムなどもまじえて読者の読みやすさにも配慮する。
なお「あとがき」によれば「正論」編集部とのいさかいが本書執筆の動機になったらしい。保守論壇にも異変ありか。
(新潮社 902円)