女性を取り巻く世界を描く本特集
「母は死ねない」河合香織著
今やジェンダーという言葉はすっかり定着した半面、女性を取り巻く世界はまだまだ知らないもの。今回は母親、遊郭、婦人記者、フェミニズムの4つの視点で描いた本をご紹介しよう。
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「母は死ねない」河合香織著
「選べなかった命 出生前診断の誤診で生まれた子」で新潮ドキュメント賞と大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した著者による、母をテーマにしたノンフィクション。
世間で語られる母親神話から生まれる虚像としての母ではなく、実際の母たちの生の声を聞くことで、一人として同じではない個々の母の姿を浮かび上がらせていく。本書には、夫のDVで自尊心を失った母、精子提供で子を持つことを決めた母、難病の子を産み苦しむ母、娘を殺された後にグリーフケアに関わるようになった母などが登場する。
著者は自身が出産後に感染症で生死の境をさまよった経験も告白しつつ、思い通りにならないことを受け入れ、母と子が一体でないことを心から知るなかで、かくあるべき母の姿などないことに気づいたとつづっている。
(筑摩書房 1650円)
「生き延びるための女性史」山家悠平著
「生き延びるための女性史」山家悠平著
1913年、内藤新宿遊郭で働く和田芳子という娼妓による「遊女物語」が発行され反響を呼んだ。これを機に娼妓の作品が次々と発売されたが、女性史研究のなかでもこうした当事者が書いた書は今まで取り上げられてこなかった。
本書では、書に現れた遊郭の女性たちの声を一つ一つ拾いながら、遊郭に来た経緯や社会的偏見への抵抗などについて明らかにし、搾取される犠牲者という姿以上の多様な彼女たちの生活やまなざしを浮かび上がらせる。
また、貪欲に活字を欲する「読む女」たちの姿も描かれる。著者は自身の大学非正規労働者としての実情やジェンダーアイデンティティーへの単純化できない思いにも触れながら、世界に落ち着く場所を持たない存在として遊郭の女性を研究するに至った経緯も語っている。
(青土社 2640円)
「化け込み 婦人記者奮闘記」平山亜佐子著
「化け込み 婦人記者奮闘記」平山亜佐子著
かつて女性の仕事といえば、女中奉公、子守、産婆、髪結いなどが一般的だったが、明治20年ごろに女性読者の増加に伴って新聞社に婦人記者という職業が登場した。しかし、与えられた仕事はアイロンがけやシミの抜き方といった家政記事や、ファッション読み物、著名人のお宅訪問など。
そんな風潮に風穴をあけた婦人記者がいた。行商人に扮して裕福な家庭の実情に切り込んだ下山京子、派遣労働者を束ねる違法営業の雇仲居に潜入した中平文子らだ。彼女たちは記者であることを隠してさまざまな場所に入り込み、内実をすっぱ抜く「化け込み」という手法で売り上げを倍増させた。
本書では、当時の女性が置かれた働く環境なども含めて彼女たちの活躍ぶりを紹介。さらに番外編では化け込み手法で明らかになった女性の職業図鑑も収録している。
(左右社 2200円)
「新しい女は瞬間である」足立元編
「新しい女は瞬間である」足立元編
フェミニズム史の中で女性運動誌「青鞜」の平塚らいてうや伊藤野枝の果たした役割は有名だが、その歴史に埋もれてしまった存在として尾竹紅吉(のちの富本一枝)がいる。彼女は10代で青鞜に参加し、性を売る女性の実態を知るために遊郭を見学して世間から「新しい女」のレッテルを貼られて大バッシングを受けた。
こうしたことから短期間で青鞜を辞めた彼女だが、騒動の一方で精力的に文章や絵を発表していた。本書では青鞜時代の彼女の著作のみならず、結婚後の作品も数多く収録。詩や小説、評論、インタビューなど幅広く収録されている。
表題作「新しい女は瞬間である」は、青鞜を辞めたばかりの頃に書かれた評論。世間で言われる「新しい女」について考察・再定義しており、内省的かつ力強い表現に震撼させられる。
(皓星社 2970円)