「ボロい東京」三浦展著
「ボロい東京」三浦展著
多くの人が東京に抱くイメージとは裏腹のタイトルだが、著者は「ボロさ」は「ゴージャス」だという。
「プライスレス」(お金で買えない)、「タイムレス」(時を越えた)、ワン&オンリーというニュアンスでゴージャスだというのだ。
安普請であっても、時を経て「人間の顔に深いしわが刻まれるように」、建物にも道にも階段にも看板にも傷がつき、ひび割れ、錆び、苔がむし、「至高の存在」となる。
本書は、東京(主に下町)を歩いている時に見つけカメラに収めた、そうした至高の存在を集めた写真集。
ページを開くと、まずアパートなどに添えられた鉄製の外階段が並んでいる。手すりや柵のペンキが錆によって浮き上がり、まだら模様となっていたり、経年劣化でそうなったのか平行のはずの支柱が歪んでいたり、または危険を感じるほどの急勾配であったりと、冒頭から度肝を抜かれる。
中には、侵入を拒むようにボロ布が置かれていたり、ステップが何段も傾き壊れていたりと、寿命を終えようとしている「階段」もある。
以降、補修に補修を重ねてきた歴史が見えたり、反り返って本当に開くのかどうか分からない「扉」や、駐車すると金網製の扉を閉め切ることができず、半開きになっていたりする(おまけにその金網には洗濯物まで干してある)「車庫」など。
建物や町を構成するパーツ一つ一つの細部に目を凝らし、至高の存在を発掘していく。
近頃は見かけなくなった「物干し場所」も下町では現役だ。電線が低く張り巡らされた空を見上げると、満艦飾の洗濯物がはためく物干し場所が存在感を放っている。その支柱には、かつてはなかったであろう衛星アンテナが取り付けられており時代の変化を感じさせる。
ガスコンロやエアコンなど、いまでは必需品となった便利な機器が登場する前に建てられた家屋には、それらを想定した設計はなされておらず、必然的に電線やガス管、エアコンのホースなどが壁をはうように露出している。
そんな「線」や「管」も見方によって建物の表情となる。世界に二つとないそんな建物の表情を眺めていると、なんだか生き物のようにも見えてくる。
ほかにも、トタンの「錆」や、町中のいたるところに設置されたまま放置され、忘れ去られた古い「消火器」、そして使用頻度がめっきり減った「郵便受け」など。
また、これらの要素がすべて集合したかのような味わい深い建物たちの写真もある。
これらは、この10年ばかりの間に撮影された写真だそうだが、著者は、それがどんどんと建て替えられていく姿も目撃しており、「朽ちることによって生まれるオーラに惹かれて」レンズを向けたこうした風景の中には、いまはもう存在しないものも少なくないそうだ。
東京のもうひとつの顔を記録した貴重な一冊。
(光文社 1298円)