「母を捨てる」菅野久美子著
「母を捨てる」菅野久美子著
著者の一番古い記憶は、部屋の鮮やかな光から一転、漆黒の闇に覆われる時間である。母親にかぶせられた毛布の上から首を絞められ、4歳の<私>は息ができなくなり、意識が薄れて気を失う--。母の虐待はいつも気まぐれだが、やがて浴槽の水に顔を沈めるという方法へとエスカレートしていった。
母は弟の育児のストレスを私にぶつけたが、幼少期の私は母に与えられる痛みこそが形を変えた愛情なのだと思い込むようになり、それは人生に多大な影を落とすことになる。
小学生時代は、母に言われるがまま書いた作文で大賞を受賞。以後、あらゆるコンクールや新聞投稿に挑戦する日々を送る。入賞するたびに母は歓喜し、私は母の「トクベツ」になるため強迫観念を抱くほど必死だった。
ハルキストの父、いびつな夫婦関係、いじめ、ひきこもり、自殺未遂、家庭内暴力。愛情というアメとムチを巧みに使い分ける母に翻弄されながらも、承認を求めずにはいられない著者の姿が浮き上がる。
本書は毒母を捨てるまでの38年の軌跡を描いたノンフィクション。母親の呪縛がどれほど娘を苦しめるのかが、静かな筆致から伝わってくる。著者は「逃げるのは悪じゃない」という。親に苦しめられた多くの人が、本書に救われるだろう。
(プレジデント社 1760円)