西尾潤(作家)
5月×日 作家道と武道の「道」はきっと通じているぞ、と琉球空手道場に通い始めた。まずは師範の本を手に取ってみる。今野敏著「琉球空手、ばか一代」(集英社 524円)。少年、青年、中年と移ろう師範の空手愛に触れる。読んで少しでも型がうまくなれば良いが、そんなことはない。
5月×日 自身の出身である大藪春彦新人賞、第5回受賞者のデビュー長編、浅沢英著「贋品」(徳間書店 2200円)を読了。ピカソの贋作づくりに挑むアートサスペンス。贋作といえば、模倣画家がキャンバスにひたすらコツコツと描き写す、という古いイメージしかなかったのだが、今やデータと材料に相違がなければ、3Dプリンターで完璧に本物を複製できる時代なのだ。知的好奇心を十二分に満足させながら、ヒリヒリとさせる展開にページを捲る手が止まらなかった。嫉妬をも跳ね飛ばす傑作。48億円か命か。最後まで飽きさせない展開。
5月×日 同門作家6人の「ケルンの会」メンバー、坂井希久子著「月草糖 花暦 居酒屋ぜんや」(角川春樹事務所 704円)を読む。坂井さんの文章や描写が好きだ。気の利いた料理、キャラクターも秀逸でいずれも心地よい。特に女たちの描き方が絶品。いつか自分もこんな物語を紡げるようになりたいなと、思わず目を細める。今世で叶えるぞ。
5月×日 執筆中の作品資料で三井秀樹著「美の構成学」(中央公論新社 858円)を読む。四半世紀以上前に出版された本であるのに、内容は普遍で時代を感じさせない。デザインや美に関して、直感や感性で「なんとなく」感じていたものを体系化した内容は、デザインの歴史を含めてとても愉しい時間になった。
5月×日 ご褒美に読もうと置いていた葉真中顕著「鼓動」(光文社 1870円)を読み始め、先が気になってやめられず、朝方まで一気読みする。どうして夜に読み始めたのだろうと、後悔ばかり。次回から葉真中作品を読み始めるのは早い時間にすることを心に誓う。生きることは常に己との戦いなのかもしれない。社会派ミステリー。