稲垣えみ子(フリーランサー)
5月×日 郵便受けを開けると、あら文芸誌「すばる」の入った封筒が♡ 大昔に短いエッセーを寄稿して以来欠かさず送って頂いておりまして、今や文芸誌なんて無縁だった日々が嘘のような虜っぷり。何が最高って、何を読むのか自分で「選べない」ってこと。聞いたことない作家、聞いたことない作品に毎月出会うことができて、これがどれもこれもすんごい才能! まだまだ世の中には自分の知らぬキラキラしたものがたくさんあるのである。
最近の個人的イチオシは、昨年のすばる文学賞を受賞した大田ステファニー歓人著「みどりいせき」(集英社 1870円)。一言で言えば闇バイトに勤しむ高校生の話なんですが、正直言うと登場しまくる隠語やスラングの8割はわからぬまま読了。なのにひどく心を撃たれ、そのことにまた心を撃たれた。AIだなんだと分からぬものばかりが増えていく世界に、分かるものがちゃんとあるってことが嬉しかったのだ。ちなみに6月号で最終回を迎えた村田沙耶香氏の「世界99」も背筋の凍る傑作。単行本化乞うご期待!
5月×日 電気代200円生活をつづった拙著「寂しい生活」が幻冬舎から文庫化されることになり、玄侑宗久先生に解説を書いて頂いたのが嬉しすぎて、愛読の名著「現代語訳 般若心経」(筑摩書房 968円)を再び開く。「ない」ことから始まる無限の自由。我が節電もある意味同じだ!
5月×日 5人の市井の精神科医が、それぞれに患者の「心」の観点から認知症を捉え直した「認知症の人のこころを読み解く」(日本評論社 2200円)。ああ我が母が晩年認知症を患ったときこの本があったなら! 薬の開発も大事だが、もっと大事なのは病んだ人への共感なのだ。そのスイッチが入ったとき、患者も医師も劇的に変化していく様子に息を呑む。