松下隆一(作家)
6月×日 ウィリアム・フォークナー著「野生の棕櫚」(加島祥造訳 中央公論新社 1430円)を読む。帯に「二重小説」と書かれている通り、全く違う2つの物語が交互に展開し、1本の長編作品となっている。自由奔放にもほどがある。フォークナーは出版社や読者にも一切妥協せず、己の作風を貫いた稀有な作家というが羨ましい限りだ。俺もやってみるか! と思うが、さらに食えなくなるのは目に見えているので即座に断念する。
6月×日 パトリシア・ハイスミス著「サスペンス小説の書き方」(坪野圭介訳 フィルムアート社 2200円)を読む。サスペンスの勉強になるかと思ったが、創作の苦労が偲ばれ、身につまされるばかりだった。ただ、これだけの才人でも自分と同じような苦労をしていると思うと気が楽になる。
6月×日 玉袋筋太郎著「美しく枯れる。」(KADOKAWA 1760円)を読む。数多いる芸人の中でも、江頭2:50さんと玉袋筋太郎さん(以下玉ちゃん)を最も尊敬している。両者ともに根底に慎ましさと品性があると感じる。玉ちゃんはBS-TBSの「町中華で飲ろうぜ」を観てすっかりファンになった。関西の芸人なら食レポをするとき、大仰に店主や料理を弄り、自己アピールするのが慣例だ。だが玉ちゃんはコメントの機転、鋭さはもとより、店主や料理を心からリスペクトする謙虚さがある。この佇まいが素晴らしく、芸の筋が通っている。
本書では50代を迎えた玉ちゃんが、漫才愛、師匠愛、相方との決別、父親の自殺、逃げられた妻や孫への愛などを赤裸々に語っている。悲哀多き人生だが、玉ちゃんは現実を受け止め、地位やお金を追い求めず、他者にも己にも嘘をつかず、虚飾なく「人に優しく」をモットーに生きている。名のある芸人なのに、ただありのままに、ごくふつうの人間として、市井に生きる非凡さがある。江戸の路地裏にある一膳飯屋の片隅で、独り呑む男の背中を見た気がした。玉ちゃんはまさに「美しく枯れる。」を体現している漢なのだ。30代40代の男性諸君には、ぜひ読んで欲しいと感じさせる1冊であった。