「私のためのポートレイト」小野啓著

公開日: 更新日:

「私のためのポートレイト」小野啓著

 あらゆる可能性を秘めているという万能感の一方で、未来への漠然とした不安や劣等感、そして繰り返される日常への倦怠感、さまざまな感情に揺れ動く青春時代の中でも高校の3年間は特別な時間だ。

 そんな「高校生という限られた年代は、自分自身について懸命に考え悩むことのできる時期であり、その姿には人としての根本があると感じる」という著者は、2002年からSNSで募った全国の高校生の肖像を撮影、写真集を刊行してきた。本書はその第3弾。

 レンズの前に立った彼ら彼女らは、おそらく親や教師、そして友人など周囲の人間には決して見せない、ありのままの自分をさらけだしている。

 工事現場のフェンスの前で不機嫌そうな顔でレンズをにらみつける女子高生(2013 東京都新宿区)をはじめ、軽く握った拳で左目を覆い隠しながら黒板の前に立つ男子高生(2014 千葉県鴨川市)、こちらを挑発するかのように斜め上に顎をあげて上から目線を投げかける男子高校生(2014 東京都渋谷区)など。どの顔にも他人に媚びるような笑顔はない。

「私のためのポートレイト」の書名は、ある高校生の「SNSのいいね!のためじゃない、私のための、私のためだけの写真が欲しい」という言葉からだという。彼ら彼女たちは、自分自身のためだけにカメラの前に立っているのだ。

 ほとんどの高校生は制服のまま、撮影場所も通学路なのだろうか、川の土手や線路脇、自転車置き場などさまざまだが、そこはきっと彼ら彼女らが過ごしている日常であり、彼ら彼女らの青春の一瞬をその取り巻く世界とともにストップモーションのように一枚の写真に封じ込めている。

 時の流れは誰にも容赦ない。先ほど紹介した彼ら彼女らも今は20代後半、30代を目前にした年齢であるが、この本の中では永遠の高校生。その後、どのように人生を送っているだろうかと想像してしまうが、同時に、自らの高校時代のあれこれが思い出されてもくる。

 撮影期間中にはパンデミックの暗い影が世界を覆った。その打撃をもっとも受けた世代がさまざまな「機会」を奪われた学生たちだった。

 中断した撮影が再開されたとき、まず被写体となったのは大会という目標を失いながらも河原でもくもくとトランペットを吹く女子高生(2020 埼玉県加須市)だった。

 ほかにも、学校をサボったのか、それともリモート学習なのだろうか、自室のベッドの上でお弁当を食べている女子高生(2022 千葉県八千代市)など、プライベート空間で撮影されたショットがあるかと思えば、制服姿のまま海に入っていく女子高生の後ろ姿(2020 鹿児島県薩摩川内市)など、心のうちに湧きあがる何かを表現しようとしている写真もある。

 それぞれの写真から、あなたはどんな高校時代をすごし、どんな大人になったのかと、問いかけられているような気がする。

(青幻舎 4400円)

【連載】GRAPHIC

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    べた褒めしたベッツが知らない、佐々木朗希"裏の顔”…自己中ぶりにロッテの先輩右腕がブチ切れの過去!

  2. 2

    バント失敗で即二軍落ちしたとき岡田二軍監督に救われた。全て「本音」なところが尊敬できた

  3. 3

    巨人今季3度目の同一カード3連敗…次第に強まる二岡ヘッドへの風当たり

  4. 4

    巨人・田中将大“魔改造”は道険しく…他球団スコアラー「明らかに出力不足」「ローテ入りのイメージなし」

  5. 5

    国民民主党は“用済み”寸前…石破首相が高校授業料無償化めぐる維新の要求に「満額回答」で大ピンチ

  1. 6

    佐々木朗希いったい何様? ロッテ球団スタッフ3人引き抜きメジャー帯同の波紋

  2. 7

    「今岡、お前か?」 マル秘の “ノムラの考え” が流出すると犯人だと疑われたが…

  3. 8

    佐々木朗希を徹底解剖する!掛け値なしの評価は? あまり知られていない私生活は?

  4. 9

    大阪・関西万博の前売り券が売れないのも当然か?「個人情報規約」の放置が異常すぎる

  5. 10

    僕に激昂した闘将・星野監督はトレーナー室のドアを蹴破らんばかりの勢いで入ってきて…