石田夏穂(作家)
8月×日 今年の夏はどこかに行こう、と、春先あたりから考えていたのに、またまたノープランで盆を迎えてしまった。布施英利著「人体、5億年の記憶」(光文社 1430円)を読む。本書は「つまり、人の体はなぜ、このような形をしているのか」を、著者が師と仰ぐ解剖学者・三木成夫氏の世界をベースに紐解くものだ。一口にいって、本書は示唆の塊だ。「(人間とは、つまるところ)一本の管だ」や「うんちは、日本語では大便という。大きな、便りだ」や「こころとは内臓にあるもの」や「(生き物の)知性は脳ではなく、自身の体の構造やサイズにある」など、どうやらこの何でもない身体には「5億年の記憶」が詰まっているらしい。自分の身体が、そんなにすごいものだったなんて。ちなみに、本書の副題は「からだの中の美術館」だ。読後は、もういまの段階から、来年の夏もどこにも行かないだろうなあなどと思っていた。きっと、豊かさというものは、常に自分の中のほうにある。
8月×日 建築知識編集部編「建設業者」(エクスナレッジ 1540円)を読む。いやあ、読むというより読まされた。読まされざるを得なかった。本書は建設にかかわる職人たちのインタビュー集だ。曰く「(仕事のやりがいについて)なければないで、一向に構わないんじゃないですか」「(防水の仕事について)楽しくはないけど辛くもないといったところです」。しばしば「好きを仕事にする」がもてはやされる中、まったく(渋い……)の一言に尽きる。ある意味で、至言に次ぐ至言で、逆に疲れてしまった。どういうわけか、読み終わったあとは、ものすごく髪を短く切りたくなった。
8月×日 古処誠二著「七月七日」(集英社 660円)を読む。本書は「語学兵」である日系2世の「ショーティ」がアメリカ軍の一員として、太平洋戦争下の日本軍と渡り合っていく物語だ。来年は、戦後80年になる。それが長いのか短いのか、私にはわからない。その日は、仕事で顔を会わせるどの人たちよりも、久しぶりに会った親族たちよりも、この「ショーティ」のひたむきに従軍する姿が、私に最も近しかった。