吉村喜彦(作家)
7月×日 新作の小説「江戸酒おとこ 小次郎酒造録」(PHP研究所 957円)のプロモーションで大阪に。書店や新聞社、ラジオ局をまわる。はじめての時代小説なので、みなさんの反応にドキドキ。
文化元年(1804年)の設定だが、そのころ江戸では灘や伊丹、池田などからの「下り酒」が人気だった。
少々値段は高いが美味しいと評判で、いまならさしずめプレミアムビール。ところが江戸酒は安くて質があまり良くなかった。
そんな江戸の酒蔵に、灘のおとこがやって来て味をバージョンアップさせ、売り方を工夫していくというお話。
灘の技術は飛びぬけて良かったのだ。六甲山から流れる川にたくさんの水車がつくられ、米が磨きあげられたのが大きいし、港が近いという地の利もあった。
大阪・神戸の書店のみなさんも、灘の酒造りが軸になったこの小説を応援してくださり、とてもうれしい。
行きつけのおでん屋で、菊正宗の冷やを飲る。
7月×日 日本の伝統漁の取材を3年間ご一緒させていただいた写真家・中村征夫さんの新著「海中顔面大博覧会」(クレヴィス 3300円)を見て、読んで、猛暑をしのぐ。
征夫さんの写真は、生きものに対する共感にあふれている。たぶん征夫さんは人間のからだをもった魚なのだ。つねに魚と同じ目線で、海の生きものとフェイス・トゥ・フェイスで語り合える。それゆえ顔面博覧会なのである。おもわず、クスッと笑ってしまう表情に心がなごむ。
魚たちの気持ちをくんで簡潔にまとめたキャプションがまた素晴らしい。征夫さんの写真集や写真展の魅力は、ユーモアたっぷりの簡潔な文章と人間味あふれるオリジナルな写真とのハーモニーだ。
写真とキャプションを読みながら、征夫さんと久しぶりに酒の海に漕ぎ出したいなあと思った夏の1日。