“のりピー部屋”で大石まどかを育てたサンミュージック会長
会長って、とってもオシャレなんですよ。写真を見ると、この日も細いストライプが入った紺のダブルのスーツに、藤色と白のストライプのネクタイ。お似合いですよね。普段も、私が<格好いいネクタイしてるじゃん!>とか言うと、<そうだろ~。もう春だからねぇ>って、そんな会話をよくしてました」
■初対面は24年前のオーディション
相澤会長との出会いは24年前。大石さんが函館白百合学園3年生で17歳、会長は還暦だった。
「90年の秋口でした。溜池山王(東京・港区)にあった東芝EMIの地下のスタジオで、オーディションという形で相澤会長をはじめ、副社長や役員の方々がいらしたんです。そのとき私の歌を聴いた会長が<いいね、いいね~>と、すごく気に入ってくださって。歌ったらすぐ北海道へ帰ると思ってたのに、ウチの父親か母親と一緒に、赤坂の台湾料理屋さんでごちそうになりました。そこからトントン拍子に話が進み、翌年の3月から会長のお宅でお世話になることになったんです」
成城(東京・世田谷区)の会長宅での生活は、3月3日にスタート。あてがわれた一人部屋は、以前は酒井法子が使っていた部屋で、のりピーが使っていた鏡台もあったという。