フォーク3人組「日暮し」武田清一さんはレコード収集家に
武田さんがフォーク、忌野がロックと、それぞれ目指す方向が異なったため、武田さんが脱退。忌野はもう1人同級生を加え、RCサクセションを結成した。
「もちろん、仲たがいしたわけじゃなく、ボクは友人だった中村(幸雄)クンとフォークグループを組み、RCサクセションと渋谷のジァン・ジァンなんかによく出てましたよ。日暮しは、キヨシが作詞してボクが作曲した『あの歌が思い出せない』という曲を、知り合いだったかぐや姫の山田パンダさんが歌いたいというので、それを承知し、その頃に榊原尚美さんを紹介されたのがきっかけでできました。彼女の透明感がある歌声を聞き、一緒にやるしかないと思ったんです、ハハハ」
日暮しは73年にデビュー。シングル9枚、アルバム5枚を発表し、79年まで活動した。
「デビュー前は漠然とシングルを出せればいいな、くらいに考えてたのに、複数のシングルと素晴らしいアルバム、何より、『い・に・し・え』というヒット曲も残せた。ボクが求めていた以上の結果だったと思います。解散? 中村クンが家業の肉屋を継ぐことになり、自然消滅的になくなりました。よく聞きますよね。バンド解散の理由がメンバーの方向性の違いってヤツ。そんな大層なものじゃありません」