“どつき漫才”正司敏江さん 開花に名プロデューサーの尽力
さすがに、売れてきたら「兄妹コンビ」は続けられへんようになって夫婦やいうのを公表したんですけど、おかげさまで69年には上方漫才大賞新人賞も受賞しまして、もっと人気に弾みがつきました。
それを澤田先生も評価してくれはったんやろね。「敏江・玲児だ、みんな集まれ!」「あきれた学園」「ミニミニ社員」(いずれも朝日放送)に起用していただき、東京のキー局からも依頼が来るようになったんです。
キー局でもたくさんの番組に出させてもらいましたけど、一番印象的なんはTBSの「時間ですよ」やね。この番組は森光子さん(故人)主演の銭湯を舞台にしたドラマで、私らがレギュラーやったのは71年7月からのシリーズ。マドンナがデビュー間もない天地真理さんです。プロデューサーは「TBSにこの人あり!」と言われた久世光彦さん(故人)。「時間ですよ」出演で寝る時間がないくらい大忙し。毎週新幹線で大阪と東京を往復してたのがホンマ、懐かしいですわ。でも「時間ですよ」に呼ばれたのも、その頃、東京に仕事場を移してはった澤田先生が担当されてた番組に出させてくれてたからやと思うんです。