娘と漫才コンビ 三吾さんが振り返る“しんどかった日々”
父と娘という珍しい漫才コンビの三吾・美ユルの父・三吾さん(75)。芸人としてのデビューは大阪万国博覧会の時代だが、90年代に長女とコンビを組んでからは、しんどい日々があった?
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■大阪万博時代に華やかにデビュー
浮世亭一門に入門して浮世亭三吾・十吾を組んで、初舞台が1969~70年の大阪万博です。電気通信館という昔の電電公社のパビリオンで、半年間ずっとイベントですわ。東京と大阪、他の地域ともつないで未来の電話、今でいうテレビ電話でやりとり。東京にいるトリオ・ザ・パンチさんが「そちらにいる帽子のお客さんにインタビューしてみて」と言われて、僕らがいる大阪のお客さんが「テレビ電話だからこっちが見えるんだ!」と盛り上がる。今ではなんてことないのに。
毎日、漫才やコントをやり、いろんな歌手の歌謡ショーもあった。僕ら芸人は契約で半年間、出続けました。連日、外国人や日本人でいっぱいだから、華やかなデビューでしたね。