映画批評家・前田有一氏選 劇場で見るべき鉄板正月映画6本
年末年始の映画界は話題作が勢ぞろい。ちまたにはロクなニュースが流れていないが、映画館に足を運べばスリルもサスペンスもノスタルジーもあふれている。悩める青年も、疲れた壮年も、時間はあるけどお金がない老年も、映画館に行けば、束の間、浮世の憂さを忘れるはずだ。
◇ ◇ ◇
■日本社会が失ったものを痛感した寅さん新作
「男はつらいよ お帰り 寅さん」は、22年ぶりに日本のお正月の顔として復活したシリーズ50作目。小説家となり育児にも奮闘する満男(吉岡秀隆)を中心に、おなじみのキャラクターたちの現在を描く。
満男の元恋人役で後藤久美子が女優復帰する話題性に加え、皆の心の支えとして思い出の中に登場する寅さん(渥美清)が、デジタル技術で現在パートと違和感なくつながる演出も見どころだ。22年の時の流れは、くしくも日本没落と同時期でもあり、大爆笑とノスタルジーに浸った後は、意図せず「日本人と日本社会が失った豊かさ」を痛感させられる。おかしくもせつない、味わい深い日本映画だ。
能天気に家族みんなで盛り上がりたいなら「ジュマンジ/ネクスト・レベル」。世界一稼ぐ俳優ドウェイン・ジョンソン主演の冒険映画だ。電源を入れると吸い込まれ、クリアするまで出られないテレビゲーム「ジュマンジ」に、2人のおじいちゃんと共に参加する孫の大学生たち。砂漠や雪山で巨大生物からサバイバルするも、事態をのみ込めないゲーム音痴の年寄りたちに足を引っ張られて予想外の展開に。さりげなく終活テーマが盛り込まれるなど、子供のみならず大人も考えさせられる。
実在の殺人鬼の内面に迫った「テッド・バンディ」
「テッド・バンディ」は、女性をとりこにして凶悪犯罪を繰り返した実在の殺人鬼の内面に迫った実録ドラマ。詩織さん事件以来、日本でも#MeToo運動が話題になったが、信用していた人間が豹変して性犯罪を繰り返したこの事件との類似性を、監督らは意識して作ったという。当代きってのイケメン俳優ザック・エフロンの怪演により、意外にも最後まで先が読めずハラハラさせられる。
■推理マニアもうなる「屍人荘の殺人」
大学ミステリー愛好会が合宿先で不可能犯罪に遭遇する「屍人荘の殺人」は、その軽薄な設定とは裏腹に、推理マニアをもうならせる仰天脚本が売りの、掘り出し物的な逸品だ。自称ホームズの会長と万年助手の学生コンビに、不思議ちゃんな美少女探偵(浜辺美波)が加わりペンションの密室事件の謎に挑む。「カメ止め」を一流のベテランスタッフが作ったらこうなりそう、ってな感じのネタバレ厳禁・超オモシロ映画。ぜひ先入観なしで劇場へ。
巨匠ケン・ローチが新自由主義下の奴隷システムを怒りを込めて暴き出す「家族を想うとき」
「家族を想うとき」は、個人的には今年ナンバーワンの社会派ドラマだ。引退していた英国の巨匠ケン・ローチが監督復帰してまで描くのは、社会のセーフティーネットから取り残された宅配ドライバー一家の物語。“新しい働き方”などという美名のもと、世界中で広まる名ばかり請負の恐るべき実態を、実話をベースに衝撃的な展開で描く。父親が必死に頑張るほどに家族が不幸になってゆく、新自由主義下の巧妙なる奴隷システムを怒りを込めて暴き出す。偉そうに“自己責任論”を振りまわす日本の政治家にも見せてやりたい大傑作だ。
最後は、アニメ界で最も権威あるアニー賞の受賞作「ブレッドウィナー」。舞台は女性抑圧政策がとられ、男性抜きでの外出などが禁止されているタリバン政権下のアフガン。成人男性がいないある一家で、少年のふりで家族を救おうとする11歳少女の奮闘を描く。先日、この地で非業の死を遂げた中村哲医師の「銃では何も解決しない」との信念と、偶然にもシンクロする感動的な結末が必見だ。