<70>写真は自分の情とか相手との関係が見えるから面白い
東京慕情<3>
これは渋谷の駅前の交差点だよ。そうかぁ、39年前の渋谷なんだね(1983年撮影)。オレは一人で歩くときもコースを決めないし、地図も持たないで、勘だけを頼りに歩いてたんだ。で、ふらふらと、とんでもない横丁に入っちゃったりしたんだけどね。
作家の小林信彦さんと東京を一緒に歩いて撮影したときは、小林さんが歩くコースをつくってくれたんだよ(文芸誌「海」の1983年6月号から84年5月号に連載。後に共著「私説東京繁昌記」刊行〔1984年〕)。街の中にほんのちょっと立ち止まっているというか、通り過ぎてるだけなんだけど、肝心なとこはぽんとシャッター押しちゃってるんだ。それで、すーっと通りすぎちゃう、そーゆー撮り方なんだね。だから後で見ると面白い。通り過ぎてちょこっと見たという感じでね、文字どおり“一瞥”の写真なんだよ。
単なる記録じゃないんだよ
これは表参道の裏通りだね。この写真は、人間の肢体ね、形が面白いね。へんてこなもんだよ、動きの瞬間を止められると。なんだかわからないんだけど、そこが面白くてしょうがないんだな。街にいる人がみんなパントマイムのようだね。セリフなしでさ、彫像になってくれるんだよ。
景色は変わっても人がいれば街は生き続ける
雪の靖国神社と、雪の神田明神。少女は、お寺を抜けて家に帰るんだ。お寺の近所に住んでる子どもはみんなそうするんだよ。オレもそうだったから、この少女の気持ちがわかるな。
写真は、単なる記録じゃなくて、自分の情とか相手との関係が見えるから面白いんだけど、小林さんと歩いて撮ったときの写真、“一瞥”の写真にも、しっかりと生きものとしての「東京」が写ってる。よーするに、街の景観がいくら変貌していっても、そこに住む人たちの思いは残るわけで、そーいった失われていったものや忘れられない過去にノスタルジーが生じるんだよ。街の景色は変わっても人がいれば街は生き続けるってことだね。
(構成=内田真由美)