辞め女子アナ人生いろいろ…元TBS小林悠「半額の刺し身でひとり夕食」、元NHK住吉美紀「長い婚活の末に再婚」
住吉美紀は入局10年で「スタジオパークからこんにちは」を担当するも苦悩
一方、1996年から2011年までNHKに在籍し、2007年には紅白歌合戦の総合司会も務めた看板アナだった住吉美紀(51)は、「mi-mollet」の「50代、自分をいったん棚おろし」の連載で、自身の赤裸々な恋愛遍歴を語っている。入局後10年が過ぎ、「スタジオパークからこんにちは」を担当し、中堅アナとして脂が乗ってきた頃、上司から「スタジオパークのような、日中帯の番組を、住吉のような独身が何年も担当できると思わない方がいい。子育て中の人に充てやすい枠だから。この先どうしたいか、すぐに考えておいた方がいいぞ」との言葉を投げかけられショックを受ける。
その後、在局中に結婚と離婚を経験した後、37歳で退局を決意。フリーに転身してから“元NHKアナの呪縛”から解き放たれるまでの過程や、さらにその後の長期にわたる婚活の様子も詳細に語られている。エリートサラリーマンとの交際と破局、初恋の人との再会、そして現在の夫との出会いや不妊治療についてまで生々しくつづっているのだ。
■熾烈な生存競争
2人とも、局アナ時代には画面では決して見せなかった仕事、恋愛、結婚のリアルな悩みを抱えていたことがよくわかる。女子アナ評論家の松本京也氏はこう話す。
「バブル期、約2000倍といわれた狭き門をくぐり抜け、念願かなって華々しくNHKや民放キー局でデビューした彼女たちですが、まず最初に洗礼を浴びるのが、局内での看板争い、つまり生存競争です。運良くそこを勝ち抜いたとしても、次々と現れるフレッシュな若手にその座を脅かされ、挙げ句の果てに30歳定年説なども囁かれ、またフリー転身しても激しい生存競争にさらされる。生き残るのは、10年単位で見てもわずか数人。入り口もゴールも狭い、一時期は活躍しても保証がないのがこの業界の特徴。厳しい世界なんです」
華やかな局アナというポジションも決してずっとは続かない。その後のキャリアもさまざまで、まさに“人生いろいろ”だ。
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女子アナの多くに訪れるセカンドキャリア。2024年にテレビ東京を辞めてフリーになった松丸友紀アナウンサーもその1人だ。
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