<14>京都のイメージと吉永小百合にあやかり芸名を変更する
初代一条さゆりは芸名を「赤羽マリ」から「リオ椿」、しばらくして「一条さゆり」に変えている。「京都」のイメージが付くように「一条」、吉永小百合の人気にあやかり「さゆり」とした。
「デビューして2年(1960年)くらいで余裕が出て、3年目には新人に踊りを教えたりしていました」…
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