本田圭佑「虚像と実像」(8)同級生が「裏口で入ったんか?」
一番ヘタクソなのに態度はエース
同じ誕生日の天才サッカー選手がいた。
1986年6月13日生まれの家長昭博(現大宮FW)は、ガンバ大阪のジュニアユースの中でも絶対的エースとして君臨していた。スピード、技術、スキルとすべて一枚も二枚も上。同じ日に生まれたからこそ、家長との厳然たるレベル差が際立った。しかし、本田は萎縮するどころか、ピッチの内外で《本田スタイル》を貫き通した。
「オレは足元にボールをもらい、そこからドリブルを仕掛けたいんや。相手の裏じゃない。足元にボールが欲しいんや」
胸を張って堂々とポジショニングの指示を出し、欲しいタイミングでパスが来ないと不満を漏らす。
ジュニアユースでチームメートだった與(あたえ)貴行(現G大阪ジュニアユースコーチ)が、同期の気安さもあってフランクにこう話す。
「自分で言うのも何ですが、今も昔もガンバのジュニアユースには関西全域からサッカーエリートが集まってくる。僕らの時代は、1学年で20人ぐらい。本田以外のほぼ全員が関西トレセンの年代別選抜チームからの顔見知りだった。中学1年で本田がジュニアユースに入ってきた時は『誰や、本田って?』と皆が思いました。しかもプレーはめっちゃヘタクソでした。ちょっと言葉は悪いのですが、子供心に『もしかして裏口でチームに入ったんか?』と疑ったぐらいです(笑い)。そんな本田が、臆面もなく指示を出してくる。チームメート全員が『コイツは何を考えとるんや』と思っていました」