【寄稿 小川邦和】衣笠祥雄は弱者に優しく、ときに厳しく
■十八番は「聖者が街にやってくる」
地元の広島でも衣笠の評判はよかった。タクシーの運転手は、「○○のところに迎えに行くのは嫌だが、衣笠のところには行きたい」と話していた。衣笠が誰に対しても偉ぶらず、自然に接していたからだろう。
衣笠の娘さんが友人とタクシーに乗ったとき、娘さんだと知らない運転手から、「ワシは衣笠の大ファンや」と言われて、どう返事していいか恐縮したとも聞いた。
歌もうまかった。独特の雰囲気、リズム感を持ち、アメリカのジャズ「聖者が街にやってくる」などは玄人はだしだった。ただ、それをひけらかしたりすることはない。また服装のセンスもよかった。
選手としての実績も人柄も素晴らしいのに、広島の監督にはならなかった。聞いた話では、本人の強い意志だったそうだ。選手としての晩年に当時の松田オーナーから「現役を辞めたらカープの監督に」と要請されたものの、「私はやりません」と丁重に断ったという。
監督の重責や家族の負担、少年時代からの苦労、自己顕示欲のなさ……さまざまな要因が重なって、そう決断したのかもしれない。野球人としても人としても、球界は得難い人材を失った。合掌。
(小川邦和・野球評論家)