「夏までには理想に」松坂大輔が“育ての親”にすべて語った
■松坂「30以上の病院に」
小倉 これにも物申したいことがあって、大輔が西武からレッドソックスにポスティング移籍した時(2006年オフ)、西武に60億円も(入札金が)入ったわけでしょう? 大輔がソフトバンクから自由契約になった時、西武が取らないって、あんなに血も涙もない球団だとは思わなかったよ。
松坂 いやいや(苦笑い)、ボクはしょうがないと思いますよ。3年間、まともに投げていなくて、ボクがいくら「投げられるようになりました」と言ったところで、実際投げているところを見せていないわけで、やっぱり戦力として計算できないでしょう。そういう中でドラゴンズは「少しでも投げられる可能性があるなら」と言ってくれた。獲得を判断してくれた森監督や球団には感謝しかありません。
――ソフトバンクでの3年間は右肩痛とリハビリの日々だった。「引退」は考えなかった?
松坂 考えましたね。いや違うかな。引退というより、1年くらい休んだ方がいいのかなとか。ホークスの最終年、リハビリが全然思うように進まなかった時に、行く病院、リハビリ施設では「良くなっている」と言われるんですけど、一向にキャッチボールができるようにならない。出口が見えず悩みました。でも、ここで終わったら後悔すると思ったので、誰に何を言われようが続けようという気持ちでした。
小倉 昔から5、6球で肩ができちゃうタイプ。地肩が強くてケガをしないもんだからナメているところがあった。大輔が若い時、「ちゃんとケアをしないと30歳すぎたらブッ壊れるぞ」と言ったことがある。
松坂 ナメているわけではないんですけど、リリーフの人より肩ができるのが早かったのは確かですね。
小倉 そもそも肩を痛めたのは、メジャーの硬いマウンド、滑るボールの影響?
松坂 それは原因のひとつとしてあるかもしれないけど、ボクが行きたくて(メジャーに)行ったわけですし、それを理由にはしたくない。対処の仕方はあったと思います。
小倉 全国の病院を回ったそうだな。
松坂 いろいろ行きました。病院、リハビリ施設、何十カ所ですね。「いい」と言われれば、とりあえず行ってみました。それでも、痛みの場所が特定できなかった。MRIを撮っても原因が出てこない。北海道はないけど、北の方から30カ所以上は行きました。ホークスや他の球団の選手からも紹介されて行ってみたり。ありがたかった。今は「こういう状態の時はこの病院」みたいに絞れてきて、うまく維持できている感じ。最近いろいろな球団からよく聞かれます。「どこの病院に行ったんですか?」って。
小倉 とにかく投球フォーム。メジャーの最初の方は良かった。それから急におかしくなった。
松坂 米国で重心が高くなったのは、肩の調子が悪くなったのと連動していて原因のひとつではあります。今やっと重心を下げてもいい肩の状態に戻ってきている。急にグッとは下げられないかもしれないけど、1日1ミリでもいいから下げられるようになってくれば、希望としては夏ごろまでにいいフォームになってくるんじゃないかなと。
小倉 そうなれば右肘が前に出てくるしな。
松坂 バッターが差し込まれる場面が出てくるかもしれません。
小倉 ここまでやった男だから、4、5勝はしてもらいたい。大輔に、昔に戻ろう、少しでも良くしようという気があれば、7、8勝は期待できますよ。
(構成・増田和史/日刊ゲンダイ)