1983年に始まった日本サッカー界初「茶話会」に思い馳せる
さらにサッカー好きのメディアにも輪が広がっていった。1960~1970年代からJSLや日本代表を取材してきたベテラン記者の牛木氏(読売新聞)、中条氏(朝日新聞)、荒井氏(毎日新聞)、小山氏(共同通信)ら敏腕記者たちが夕方になると小川町のビルに集結し、日本サッカー活性化のプランを出し合った。
あの頃を思い出すと国立競技場で開催された試合でも、スタンドには閑古鳥が鳴いていた。記者席に座ってバックスタンドの観客を数えることができ、「今日の観客は何人かなぁ~?」と指折り数えながら、記者仲間の間では「バード・ウォッチング」ならぬ「マン・ウォッチング」と呼んでいた。
茶話会に加わった記者諸兄は(言うまでもないが)サッカー好きではあったが、よほどのことがない限り、JSLが記事になることは稀(まれ)だった。 新聞のスポーツページの片隅にスコアだけ載るのが関の山。だからだろう。試合中の記者席には長閑な雰囲気が漂っていた。内心では誰もが「日本サッカーの将来はどうなるのだろう」と絶望に近い感情を抱いて試合を観ていたのではないだろうか。