元巨人“代走のスペシャリスト”鈴木尚広さんが東京・世田谷で農業に夢中なワケ
鈴木尚広さん(43歳/元巨人、野球評論家)
プロ野球の優勝戦線はいよいよクライマックス。巨人党には残念なシーズンだったが、かつて代走のスペシャリストとして活躍した鈴木尚広さんを覚えている読者は多いだろう。巨人一筋20年、2016年シーズンで引退したが、今もなお代走での通算盗塁数・日本記録保持者だ。19年には巨人の一軍外野守備走塁コーチを務めた。その姿を意外な場所で見つけた。
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都内世田谷区、京王線桜上水駅から6分ほど歩いた住宅街の一角。JA世田谷目黒が管理する体験農園に、濃紺のTシャツに黒いアスリートタイツ姿の鈴木さんがいた。手にしたカゴには収穫したばかりのナスがツヤツヤと光っている。
「今シーズンのナスは、これで最後です。お盆前後の長雨と低温にも負けず、よく育ってくれました」
クリーム色のキャップ下のよく日焼けした顔に笑みが浮かぶ。
巨人軍の守備走塁コーチを辞めたのは19年10月。その半年後に同JAの「畑のちからアスリート部長」に就任し、体験農園での農作業や講演会など都市農家と消費者の懸け橋としての活動に取り組んでいる。
「僕は1996年のドラフト4位で巨人に入団したものの、1年目に3回も骨折して『骨折クン』と言われるくらいけがに泣かされたんです。その時、けがを防ぐためにインナーマッスルを鍛えることと、生活習慣の改善の必要性に気づきました。特に鮮度にこだわった旬の野菜、栄養バランスの良い食事は体づくりの基本。それが農業に目覚めたきっかけですね」
一軍昇格は02年。その前年から年俸の約半分を個人トレーナーに費やし、体質改善に取り組んだ成果だった。
「以来、16年まで一軍で頑張れたんですから、『食育』の大切さを実感しました。コーチを辞めた後にJA関係の後援者の方からオファーをいただいたのは、僕にとっては必然だったと思います」
農水省のHPによると、東京の農地は東京の総面積の3.1%、約6790ヘクタール。年々減少しているとはいえ、近郊野菜、東京ならではの江戸野菜の出荷のほか、緑地提供、防災、そして夏季はヒートアイランド低減など、知られざる貢献は大きい。それを知るだけに、「地域貢献の手助けになれば!」と引き受けたという。
「この農園は約2000坪ありまして、55区画を1年11万円(税込み)で公募しています。作業に必要な農具はもちろん、種や肥料はこちらでご用意しており、手ぶらで20種類ほどの季節の野菜栽培と収穫が楽しめます」(JA世田谷目黒の担当者)
4月からピーマン、キュウリ、トマト、ナスなどの植え付けを始め、9月末に収穫が終わると、白菜や大根、キャベツといった晩秋と冬の野菜の番だ。
この間、開催される栽培講習会に鈴木さんは早朝から終日参加。契約者とともに土にまみれ、汗を流す。取材日は白菜やブロッコリー、カブの植え付けを率先して行っていた。
「野球と同様に農業はライフワーク」
本業は野球評論家。ウィキペディアの鈴木さんのページに「巨人退団後は農業に従事」と書かれているのは間違いだ。
しかし豊富な知識、契約者への丁寧な説明、慣れた手つきを目の当たりにすると、農家に転身したと勘違いされるのも納得である。
「愛情を持って手をかければかけるほど、野菜ってすごくおいしくなるんです。ここで収穫した野菜は格別ですよ」
次の募集は来年2月前後。同JAのホームページに要項が発表される。
一方、野球評論家として昨年9月から公式YouTubeチャンネル「Swiftrunner」をスタート。野球談議をメインに、毎週水曜・土曜の19時から週2回配信しており、登録者数は約1万4000人だ。
「巨人のシーズン最多安打記録を持つ清水隆行さん、通算533犠打のギネス記録を持つ打撃職人・川相昌弘さんにゲストで出ていただいた回は、視聴回数が25万回を超えました」
また、スポーツウェブサイトをはじめ、先月26日にはウェブマガジン「COCO KARA」主催のオンライントークイベントに出演するなど野球解説に精力的に取り組んでいる。
「野球と同様に、農業は僕のライフワーク。YouTubeでも農業について発信しますからぜひご覧ください」
(取材・文=高鍬真之)