メジャーの本塁打王オグリビーがはしゃぎながら浴槽で泳ぎ出した理由
ダブルヘッダー2試合目の六回、同点に追い付く適時打を放ったベン・オグリビーは、メジャーで本塁打王を獲得したバリバリの大リーガーだ。パナマ出身で母国では「英雄」と呼ばれていたという。
「10.19」の前年の1987年から2年間、近鉄で活躍。すでにベテランの域に達していたとはいえ、プレーで手を抜くようなことはない。常に全力。体のケアも入念にやっていて、日本に来て湯船にゆっくりとつかって疲れを取ることを覚えたようだ。
私が完投したある日の試合後のこと。アイシングやマッサージなど体の手入れをしていると、どうしても帰りが遅くなる。その日、藤井寺球場の大浴場に行ったのも最後だった。
するとオグリビーがひとりで湯船につかっていた。
「遅くまでいるんだね」と声を掛け、横に並ぶようにして浴槽に入ったとたん、彼がパッと外に出た。
「なんだよ、もう出るのかよ」と言うと、「オレが入っていてもいいのか?」と聞いてきた。
少年のような笑顔ではしゃぎながらバシャバシャと
思い返せば、オグリビーが湯船に入っているのはたいてい、だれもいないときだったような気がする。察するにメジャーの本塁打王も人種の壁に苦労してきたのかもしれない。
「何言ってるんだ。当たり前じゃないか。いいんだよ、一緒で」
こう答え、「きょうの試合はどうだった?」と片言の英語で水を向けると、急にテンションが高くなり、実にうれしそうな表情を浮かべた。それから少し野球の話を続けると、「オレが泳げるの知ってる?」と、いきなり浴槽の中でバシャバシャと音を立てて泳ぎ出したのだ。
球場によって浴槽の大きさはさまざまだが、藤井寺球場のそれはどちらかといえば大きい方。8メートル四方くらいで、泳ごうと思えば泳げないこともなかった。まるで少年に返ったような笑顔ではしゃぎながら、浴槽を泳いでいたオグリビーの表情は忘れられない。
このオグリビーの貴重な適時打で同点に追い付いた近鉄の勢いは止まらない。
続く七回には当時のチームを象徴するような攻撃が生まれた。
1死後、三塁手の吹石徳一さんが左翼へ勝ち越しの本塁打を放つと、2死から遊撃手の真喜志康永さんが右へソロ本塁打をかっ飛ばしたのだ。
吹石さんが今季2本目の一発なら、真喜志さんは3本目。どちらかといえば堅実な守備を評価されていた2人にシーズンの最後も最後、優勝のかかった試合で本塁打が飛び出したから、ベンチもスタンドも大騒ぎ。2人はナインから手荒い祝福を受けた。 (つづく)