「アンタがしっかりせんと上に行けないよ」仰木監督の言葉は重く励みになった

「左肘内側側副靱帯損傷」──。
1991年5月、左肘痛で戦列を離脱、医師の診断結果がこれだった。
いまなら、靱帯を修復するトミー・ジョン手術だろうが、当時のプロ野球界ではまだ、一般的ではなかった。ロッテの村田兆治さんがこの手術を経験したものの、復活には相当な苦労が…
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