五輪汚職事件でKADOKAWA会長も逮捕…それでも森喜朗は逃げ切れるのか
22年前、首相になった経緯と嘘を思い出した
話は変わるが、週刊文春(9月15日号)は、東京五輪のスポンサーをめぐってKADOKAWAと講談社が参入しようとしたが、森喜朗元首相が「講談社だけは絶対、私は相いれないんです」と退け、KADOKAWA1社に決まったと報じている。何が森をそこまで怒らせたのか。
週刊文春は、講談社が発行している週刊現代やフライデーで報じた、森が早大在学中に買春していたのではないかという記事や、長男・祐喜(故人)の醜聞記事が森を怒らせたのではないかとみているようだ。
だが、私が思い当たるのは、フライデーの歴史的スクープのことである。2000年4月2日未明、小渕首相が小沢一郎自由党党首と会談後に倒れ、順天堂医院に緊急入院した。当時の青木幹雄官房長官、森喜朗幹事長、野中広務幹事長代理、村上正邦自民党参院議員会長、亀井静香政調会長は、小渕が病室で青木に対して、「万事よろしく頼む」と言ったとして、密室で森を後継首相に決めてしまうのである。
だが、フライデー(2000年6月2日号)が報じた一枚の写真が、彼らの嘘を白日の下にさらした。集中治療室で全身に人工呼吸器や多くの管をつけられて横たわる小渕首相の姿を見れば、後継指名などできる状態になかったことは誰にでも分かる。
つまり「森喜朗政権には正当性がない」と国民に知らしめたのである。正当性のない政権が長続きするはずはない。首相在任中、「ノミの心臓、サメの脳みそ」とはやされ、何の実績も残せずに森はわずか387日で、首相の座を追われてしまったのである。
「国民の多くが俺を宰相だと認めない」。森首相は忸怩(じくじ)たる思いを抱えていたのではないか。それもこれも講談社のせいだと逆恨みして、野間佐和子社長(当時)のところへ恨み言を言いに行ったのではないだろうか。
だが野間社長は毅然とはねのけた。さすが“女傑”といわれた野間社長である。このことが今でも森のトラウマになっている。私はそうみている。
それにしても、KADOKAWAの会長まで逮捕された。それでも森は逃げ切れるのだろうか。(文中敬称略)
(「週刊現代」「週刊フライデー」元編集長・元木昌彦)