東映元コーチ・飯島滋弥が大杉勝男の才能を開花させた「あの月に向かって打て!」の名ゼリフ
55年限りで現役を引退した飯島は67年、東映の一軍打撃コーチとして12年ぶりにユニホームを着ることになった。そして、そこで出会ったのが期待されていたものの、なかなか芽が出ず悩んでいた大杉勝男だ。
この頃の大杉はバットを下からすくうように払う典型的なアッパースイングだったが、余計な力が入ってしまうためミート率に問題があった。そこで、飯島はそのスイングを生かしつつ体重移動やリズムの取り方を徹底的に教えた。その結果、67年には初めて規定打席に到達するとともに本塁打も前年の8本から27本へと急増した。
そして翌68年9月6日、ナイターの後楽園球場で飯島の一世一代の「名ゼリフ」が飛び出す。
大杉はこの試合までの数週間ずっと調子を落とし気味だった。打席に向かう大杉に一塁コーチスボックスにいた飯島がそっと近づき、左中間スタンドの上空に浮かんでいた月を指さすとこう言った。
「スギ、あの月に向かって打て!」
引退試合でのファンへの挨拶でも知られる生来のロマンチスト大杉。その心にこの言葉は染みたはずだ。