エロスの探求編
場末だからこそ生き残った新宿ゴールデン街
エロスは人生の活力剤。エロスなくして何が人生か。とはいえ、単に女性の裸で性欲を解消するのではなく、エロスを取り巻く文化や歴史までを知り尽くしてこそ、エロスの上級者といえる。そこで今回は、色街の成り立ちやオルガスムと脳システム、さらには娼妓の労働争議まで、さまざまな角度からエロスを探究するための4冊を紹介する。
■「性欲の研究 東京のエロ地理編」井上章一、三橋順子編
ソープの街、つれこみの街、ゲイタウンなど、エロスに関わる街はいかにしてその場所に成り立ったのか。井上章一、三橋順子編「性欲の研究 東京のエロ地理編」(平凡社 2200円+税)では、かつての地図や絵図など豊富な資料と共に、鉄道の歴史や地理学的視点を取り入れながら考察していく。
日本有数の歓楽街である新宿は江戸時代から宿場町として栄え、色街・私娼窟を形成してきた。しかし、昭和20年の山の手大空襲によって新宿遊郭は丸焼けになる。その後、現在の新宿駅東口にまっすぐ入っていた都電を、御苑大通りを通って靖国通りに入るように付け替えたのが昭和24年のこと。当時の「講談雑誌」に掲載された「漫見新宿歓楽街絵図」によると、都電に沿ったエリアとして栄えた現在の新宿2丁目あたりは、“新宿特飲(パンパン)街”として描かれている。特飲街とは、警察の監督のもとで“黙認”された買売春地区、つまり赤線のことだ。
一方、現在のゴールデン街あたりは歓楽街から外れた“場末”だった。ここにできた飲み屋街が、非合法な買売春地区である青線化して形成されたのがゴールデン街の原像だ。
いわゆるパンパンの中には、女装男娼も多かったという。昭和33年になると売春防止法が施行されるが、これは女性の売春を取り締まる法律。つまり、男娼は規制できなかった。女が消えた街で稼いだ男娼たちは、やがて空洞化した旧赤線の新宿2丁目一帯の権利を買い、店を持つようになった。これが日本屈指のゲイタウンの成り立ちだ。
ちなみに、売春防止法によって女しか売っていなかった赤線は廃れたが、飲み屋が女を売っていた青線のゴールデン街は、「うちはただの飲み屋」を切り札にたくましく生き残ったというわけだ。
他にも、上野や駒込、渋谷など東京各所に点在していた男性同士が同衾できる「淫乱旅館」の実態から、日本におけるSMのルーツまで、幅広く網羅した本書。エロスを巡る文化は、どんな角度から見ても実に奥深い。
絶倫ペニスの描写で元気のない中高年を鼓舞!
■「日本の官能小説」永田守弘著
世相を背景に出版され続けた、戦後70年にわたる官能小説の歴史をたどる本書。
官能小説の嚆矢とされるのが、昭和22年の「群像」に掲載された田村泰次郎の「肉体の門」だ。街娼たちの生態を描いた作品で、仲間からリンチを受ける女が紐で縛られ竹ぼうきで尻を打たれるシーンなどが、淫心をかき立てるものだった。
高度経済成長期には、仕事が忙しく性欲が減退しがちな中高年男性を鼓舞する官能小説が目立った。昭和40年代後半から人気を集めた北沢拓也の作品には、“棍棒のように野太いおのがもの”“男の長大な太い肉”など、絶倫男のペニスを誇示する描写が多彩。官能小説で時代の潮流が読み取れるのが興味深い。
(朝日新聞出版 780円+税)
自由を求めて立ち上がった娼妓たちの闘い
■「遊廓のストライキ」山家悠平著
大正15年7月、広島東遊郭第一繁盛楼の娼妓5人が広島東警察署を訪ね、遊郭経営者の不正を告発するという出来事が起きた。
不正の内容とは、帳簿のごまかしや着物の買い入れの強要、日常出費の不払い及び日常的な虐待。当時の中国新聞が伝えたところによると、第一繁盛楼は営業停止70日という重い処分を受け、娼妓たちは自由の身となったという。
労働争議が盛んになっていたこの時代、まだ人身売買の性質が残っていた遊郭で、自由を求めて立ち上がった娼妓たちの闘いに肉薄した本書。当時の新聞記事を引用しながら、全国で次々と起きていた遊郭のストライキと、不正にあらがった無名の女性たちの存在を浮き彫りにしていく。
(共和国 3200円+税)
オルガスム中の女性は痛みを感じにくい!?
■「オルガスムの科学」バリー・R・コミサリュック他著、福井昌子訳
アメリカでもっとも権威のある「米国医師会誌」でも絶賛された本書。性的快楽であるオルガスムについて、神経学や脳科学などの分野から分析を行っている。
例えば、オルガスム中の女性の脳をMRIで撮影した実験がある。これによると、オルガスム中には脳の島皮質と前帯状皮質が活性化することが分かった。興味深いのが、両方とも痛みに反応した場合でも活性化される脳領域である点。さらに、女性がオルガスムを感じているときは痛みに対する感度が通常の半分ほどに落ち、かすり傷程度の痛みは感じないことも明らかになっている。男女の快感の違いやオルガスムの頻度と死亡率の反比例など、最新の研究データが満載だ。
(作品社 3200円+税)