JRより高くて時間のかかる江ノ電が人気の理由
「江ノ電10㎞の奇跡」深谷研二著
神奈川県の鎌倉-藤沢間を結ぶ、全区間わずか10キロの江ノ島電鉄(江ノ電)。全国のローカル鉄道が経営に苦しむ中、江ノ電は安定的に黒字を出し続け、年間乗客数1700万人を超える人気路線の地位を維持し続けている。
深谷研二著「江ノ電10㎞の奇跡」(東洋経済新報社1500円+税)は、江ノ電前社長による初の出版物。アメリカ流の収益重視の経営が全盛の今、あえて日本の良き精神文化を守り、量ではなく質で企業価値を高めてきたエピソードがつづられている。
江ノ電の年間乗客数のうち、およそ1200万人が定期外の観光客であるという。これだけの観光客を集める要因には、首都圏に近いリゾート地という立地はもちろんあるだろう。しかし、鎌倉-藤沢間はJRでも移動ができ、実は移動にかかる時間はJRのほうが短く、運賃も安くて済む。
それでも、あえて江ノ電が利用され続けている理由を、著者は「鉄道の質を変えなかったため」と分析する。高度経済成長期以降、全国の鉄道は車両も駅舎も次々と近代化を図り、乗客の快適さは後回しにして大量の人員を運ぶことだけを追い求めた。しかし江ノ電は、昔と変わらないのんびりとした速度を守り、車両の高速化を行わなかった。今でも江ノ電には、床面が板張り製の、半世紀も前の車両が現役で走っているというから驚きだ。