「漂流怪人・きだみのる」嵐山光三郎著
平凡社の雑誌「太陽」の編集者だった28歳の嵐山光三郎は、作家・きだみのるに連載ルポルタージュの執筆を依頼するため、そのすみかをさがし出し、訪ねた。自由を求めてやまない漂流の作家は、床をおおいつくすゴミの山の上に座っていた。そのとき75歳。
こうして、晩年のきだみのると日本中の小さな村々を訪ね歩く旅が始まった。「俺はこれからの旅一座のドンだ。だからきだドンと呼んでいいぜ」。きだドンは、いつも謎の美少女ミミくんを連れている。半ズボン姿で自分のことを「ぼく」というミミくんを、きだドンは「俺の同志だ」と紹介した。
きだみのるとは何者か。本名・山田吉彦の名で「ファーブル昆虫記」を訳した翻訳者。戦時中に日本からはるか離れたモロッコを旅した冒険家。戦後は部落に住み着いて日本人の根底にあるものを探り、ベストセラー「気違い部落周游紀行」を書いた作家。定住を嫌い、生涯家を持たなかった。複数の子供がいながら、家族だんらんをしりぞけた。
ミミくんは、実はきだドンが人妻に生ませた子供だった。老いたきだドンは煩悶の末にミミくんを教師夫妻の養女に出すが、漂流の自由人と熱血教師との間には確執があった。教師は後に作家・三好京三となり、きだドンの予言通り、ミミくんをモデルにした「子育てごっこ」を書いて直木賞を受賞する。
若き編集者嵐山が身近で接したきだドンの言動は破天荒で、しばしば周りを翻弄する。食い意地が張っていて、豚のあばら肉や馬肉の塊を豪快に料理する。大型トラックをスイスイ運転する。反左翼、反文壇、酒と女に目がない。ときに嫌われても、したたかな漂流者は人や金をつかむ術を心得ている。その怪人ぶりが極めて魅力的なのは、作者の筆にきだドンへの深い思いがこもっているからだ。(小学館 1600円+税)