「疾れ、新蔵」志水辰夫著
シミタツの新作を読むことができるとはうれしい。江戸から越後までの急ぎ旅を描く長編である。巡礼の親子に扮したのは、新蔵と志保姫。何かあったときには10歳の姫を連れて故郷に逃げろ、と新蔵は以前から命じられていた。この新蔵、荷物持ちの小者のように見えるが、ただの小者ではない。14歳のとき、山ごもりしていた武芸者から手ほどきを受け、あとは独学で剣を学んだという男で、頼りになる。旅の途中で一緒になるのは、駕籠かきの政吉と銀次。さらに猪を連れたふさ。珍妙な道中がかくて始まっていく。
志水辰夫には「蓬莱屋帳外控」シリーズという飛脚小説がある。腹に大金を巻いて裏街道を走り抜く男たちの物語で、大金を持って走るのが仕事であるから、途中の寄り道は許されず、旅の邪魔になる情けもおせっかいもご法度。にもかかわらず、旅の途中でいや応なく面倒に巻き込まれていく姿を描いたのが、その「蓬莱屋帳外控」シリーズであった。
今回の旅は、大金の代わりに幼い娘を連れ、しかも同行者ありと異色だが、追ってくるものから逃げなければならないという制約つき。なぜ追っ手がかかるのかは、のちのち判明してくるが、国元めざしてひたすら逃げる過程が読ませる。
さすがはシミタツ、次々に登場する脇役たちのさまざまなドラマもたっぷりと読ませて飽きさせない。すてきなラストまで一気読みの傑作だ。(徳間書店 1700円+税)