「絶景! 世界の山小屋」グラフィック社編集部編
登山における最大のご褒美は、何といっても険しい山道を自らの足で登った人だけが見ることができる素晴らしい眺望だろう。本書は、世界に無数にある山小屋の中でも、特に絶景が望める山小屋を紹介する写真集だ。
表紙でも紹介されているヨーロッパ、オーストリアの「ヴィルトゼーローダー」(2119メートル)。山頂に向かう途中の標高1854メートルの湖畔に立つこの山小屋は、石造りで120年以上の歴史があるという。そして、ヨーロッパといえば、まず頭に浮かぶのが湖畔の山小屋からも見えるアルプス山脈ではなかろうか。
その最高峰、モンブラン(4810メートル)登頂を試みる登山者たちが立ち寄るフランスの「グランミュレ小屋」(3051メートル)は、険しい岩の頂の上のわずかな空間に、はるかなる峰々を見下ろすかのように立ち、まさに天空に浮かぶオアシスである。
アルプスのもうひとつの雄、マッターホルン(4478メートル)のソルベイ小屋(4003メートル)は、かの役行者が鳥取県三徳山のふもとでつくったお堂を法力で小さくして断崖絶壁の岩窟に投げ入れたといわれる国宝「投入堂」さながら、マッターホルンの切り立った岩壁に張り付くように立っている。100年以上(1915年に設置)も前に、この場所に小屋を建てようと思ったその発想に驚き、実際につくり上げたその実行力に脱帽する。
かと思えば、スイスの「モンテローザ小屋」(2883メートル)やフランスの「グーテ小屋」(3835メートル)のように最新の建材が用いられた近未来的な小屋もある。
雪景色の中で銀色に輝くグーテ小屋の形と質感は、人目を忍んで雪山に降り立った宇宙船そのものだ。
多くはアルプスを中心としたヨーロッパの山小屋なのだが、モーゼが十戒を授かったというエジプト・シナイ山の山頂に立つ山小屋(2285メートル)や、ボリビアでかつては世界最高所のスキー小屋として賑わっていたが雪不足で閉鎖されてしまったチャカルタヤ山頂小屋(5395メートル)、ネパールのエベレスト街道の終着点カラパタール手前に立つゴラクシェプの小屋群(5140メートル)など、南米や中東からアジア、オセアニアまで全65軒の山小屋を紹介。
山頂を目指す登山者たちのベースキャンプや悪天候の時の避難場所、そしてトレッキングを楽しむ人々の休憩所として、山人たちに愛されてきた伝統ある山小屋の数々。どの山小屋も個性的であるとともに、その周囲に広がる大パノラマに違和感なく溶け込んで風景の一部となっている。高度な登山スキルがなくても、手軽に世界中の山小屋への「誌上登山」が楽しめるお薦め本。(グラフィック社 1500円+税)