「日本核武装」高嶋哲夫氏
本紙で2014年6月から12月まで連載された「日本核武装」がこのたび単行本として刊行された。尖閣諸島をめぐって海上自衛隊と中国の艦船のにらみ合いが続く中、核兵器製造に関する極秘リポートをめぐるリアルサスペンス小説だ。
「単行本化するにあたり、開発製造された核兵器の行方を後半の物語として書き加えました。連載中は実際に起こっていた尖閣諸島問題などを物語の背景に書いてきましたが、2年経った今も社会情勢は変わっていない。それどころか状況はますます悪くなっている感じさえします。そんな中で改めて日本における核や、平和維持について考えながら加筆し、この作品を仕上げました」
交通事故に遭った防衛省の職員が持っていたリポートが明るみに出たところから物語は始まる。防衛省の印が押してあるそれには、核爆弾開発の工程、プルトニウムの量と入手法など、ウラン型、プルトニウム型核爆弾を製造するための必要事項がすべて記されていた。表沙汰になれば日本の孤立は必至――。
主人公の防衛省若手キャリアの真名瀬は、政府から極秘リポートの処理を命じられ、やがて政官財にわたる巨大組織の存在を突き止める。彼らが着々と核の製造を進めていることを知り、愕然とする。
「日本に核を作る技術はすでに存在します。ただ実際に核兵器を持つとなると、内外の政治、世界で交わした条約を一つ一つクリアしなければならず、保有することは現実味がありません。しかしその一方で、国際世論を無視して、強引な海洋進出を続ける中国や、そして、米国のトランプ氏の『日本も核を持てばいい』という発言が象徴するように、日本を取り巻く環境は変わりつつあります。私自身は核保有に反対ですが、日本は、自国の国益にこだわりすぎると、まずいことになる気がしています」
真名瀬は祖母が被爆者の被爆3世で、核保有反対派だ。ところが、東シナ海で日中の艦船が衝突し、友人の自衛官が死亡したことで真名瀬の考え方は変わっていく。
「最初の被爆国であり福島の原発事故を経験している日本人にとって、核を持つことは心情的にも受け入れられるものではありません。特に2世にあたる70代はその気持ちが強いでしょう。しかし3世の真名瀬は核を容認して戦争を防ぐ努力をするという考え方にシフトしていきます。核兵器に対する向き合い方は異なりますが、平和を求める気持ちに変わりはありません。どちらが正しいかなんて、簡単に答えは出ないんじゃないでしょうか」
本作では、米・中の政府に関わる真名瀬の米国留学時代の親友たちとの友情も描かれる。そのネットワークを駆使したプロジェクト、群像劇も読みどころだ。
「実はラストは自分でもまったく想像していませんでした。書き進めるうちに真名瀬ら若者たちに導かれ、“おお、そうきたか”という感じです(笑い)。日本は核を持たず作らず持ち込ませずの非核三原則があるため今後も保有することはないでしょう。しかし、日本の核製造技術をウリにして、日本は一目置かなければダメだ、と世界に思わせるという手はなくはない。今作は日本に危機が迫ったときの第三の道を描きましたが、あくまでも反核・反戦の物語です。若者にもぜひ読んでもらいたいですね」
原子力の専門家だった著者が描写する核製造のディテール、現実社会とリンクする展開が臨場感にあふれる渾身のエンターテインメント。(幻冬舎 1700円+税)
▽たかしま・てつお 1949年、岡山県生まれ。慶応義塾大学大学院修士課程修了。日本原子力研究所研究員を経て、カリフォルニア大学に留学。79年、日本原子力学会技術賞受賞。著書に「M8」「TSUNAMI 津波」「首都崩壊」「富士山噴火」など多数。