「私が死んでもレシピは残る 小林カツ代伝」中原一歩著
小林カツ代は家庭料理研究家として1万ものレシピを残し、2014年に亡くなった。「常識破りの肉じゃが」「わが道を行くワンタン」「庶民のシューマイ」……。簡単、時短でも決して手抜きではないオリジナル料理の数々。あの人気番組「料理の鉄人」に出演、ジャガイモ対決で中華の鉄人・陳建一を破り、家庭料理の凄さを世間に認めさせた。晩年のカツ代と親交のあった著者が、その変化に富んだ生涯を生き生きと描いた評伝である。
小林カツ代は、1937年、食の町・大阪ミナミの商家の「こいさん」として生まれた。料理上手な母は、奉公人を含む大人数の食卓を切り盛りしていた。食べることが好きな父は、幼い娘に外食を経験させた。いわば「食の英才教育」を受けて育ったカツ代だが、天性の舌に目覚めるのは、ずっと後のこと。
6歳年上の姉と違って母の手伝いはせず、もっぱら食べる専門。短大卒業後、20歳で結婚し、初めて台所に立った。味噌汁の作り方が分からず、新婚早々、大失敗。母に電話で教えてもらいながら、少しずつ料理を覚えていった。母が言う通りに、きちんと手順を踏めば、必ずおいしい料理ができる。「そうか、料理って、化学なんだ」。俄然やる気を出したカツ代は、テレビ番組への投稿をきっかけに、主婦として料理コーナーに出演。好評を博し、料理研究家の道を歩み始める。
天真爛漫な「こいさん」から新米専業主婦へ、2人の子どもを育てながら働く料理研究家へと、カツ代は変わり続ける。プロとして強い自負を持ち、「主婦」の肩書で呼ばれることを嫌った。小林カツ代の生涯は、大きな時代の流れに乗りながら、「女性の自立」を体現していく歴史でもあった。
(文藝春秋 1500円+税)